●問注所 もんちゅうじょ
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鎌倉・室町幕府の機関の一つ。鎌倉期においては政所とともに裁判のことをつかさどる重要なもので政所が鎌倉のなかのことを扱い,問注所が三河以東の諸国のことを扱うことになっていたようである。鎌倉幕府の問注所には執事・寄人がおり,初め訴訟裁判の全般に及んでいたが,1249年(建長1)の引付衆の設置により,御家人の訴訟関係が引付衆に移されたため,雑務沙汰といわれる債権関係と一般訴訟の受理に限られていったのである。しかも,鎌倉末期には雑務沙汰にのみ限定され,権限は当初から比べると大幅に縮小しているのが特徴。なお,室町期になると,鎌倉幕府の機関としての問注所からさらに限定されたものとなり,文書記録の保管や,文書の誤りや詐欺などの鑑定などのことにあたり,本来の裁判の一翼をになうという性格は薄れていったのである。鎌倉・室町を通じて執事は三善氏が世襲したが,室町期には三善氏は町野・太田両氏に分かれた。