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●門戸開放政策 もんこかいほうせいさく

アジア 中華人民共和国 AD1899 清

 1899年に表明されて以来のアメリカ合衆国の対中国政策。日清戦争以後,イギリス・ロシアをはじめとする列強が,中国に対し,租借・勢力範囲の設定という形の分割を開始した。出遅れた合衆国は,まず1899年9月,アメリカ国務長官ジョン=ヘイが,門戸開放・通商上の機会均等および中国の領土・行政の保全を内容とする通牒を,イギリス・ドイツ・ロシア・日本など6カ国に送った。つづいて1900年義和団事変に際して,鎮圧に参加した11カ国に対して同じく上記の3原則を発した。この政策は合衆国の中国市場への進出を意図したものであるが,一方他国が中国を独占的に支配することを防ごうとする政策でもあった。そのため日露戦争においては,日本を支持したが,戦後は日本の満州支配をさまたげようとして,日米関係が悪化したように,アジアにおける勢力均衡をめざしたものであった。