●モロッコ事件 モロッコじけん
アフリカ モロッコ王国 AD1904
第一次世界大戦前,ヨーロッパ列強による帝国主義政策の対立が引き起こした,モロッコへのドイツによる行動の結果生じた国際的危機。1904年の英仏協商後,モロッコに進出したフランスに対し,ドイツは,1905年3月31日,皇帝ヴィルヘルム2世がモロッコのタンジールにスルタンを訪ね,モロッコの領土保全を唱えて,フランスと対立(第一次モロッコ事件),国際会議の開催を迫った。1906年のアルヘシラス会議で諸国がフランスを支持,1909年には両国間でモロッコ協定が結ばれたものの,1911年フランスのモロッコ出兵に際し,ドイツは7月1日,砲艦パンターをモロッコのアガディールに派遣,モロッコをゆだねる代償をフランスに求め(第二次),モロッコ=コンゴ条約で仏領コンゴの一部を得た。これらの危機を通してイギリスがフランスを支持,協商関係を強化しており,ドイツの国際的な孤立が明確になっていった。