●モルトケ
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1800 ハプスブルク朝
1800〜1891 ドイツの軍人。メクレンブルクのパルヒムの生まれ。デンマーク軍人であった父のあとを継いで,デンマーク陸軍に入ったが,のちプロイセン軍に奉職した。クラウゼヴィッツの影響を受け,主として参謀勤務となり,1855年プロイセン参謀総長になった。1864年の対デンマーク戦争で名声を博し,1866年の普墺戦争を七週間戦争で終了させた。ビスマルクとは衝突しながら協力し,陸相ローンとともに軍備の近代化と拡充につとめ,その成果を普仏戦争で発揮した。ドイツ帝国成立とともにドイツ軍参謀総長となり,1888年に辞任した。陸軍の近代的編成や補給を重視した用兵の基礎を築いた。甥のモルトケは1906年ドイツ参謀総長となり,フランス・ロシアを同時に敵にした場合を想定したシュリーフェン作戦計画を第一次世界大戦で修正・実施したが,持久戦に陥るなど,対フランス戦術を誤り,1914年のマルヌの会戦の失敗を機に,その職を辞した。その子は弁護士。ナチス支配に反対し,1944年逮捕され,ヒトラー暗殺計画である1945年の7月20日事件に関与したとの理由により処刑された。
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