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●護良親王 もりながしんのう

アジア 日本 AD1308 鎌倉時代

 1308〜35(延慶1〜建武2)大塔宮といい,後醍醐天皇の皇子であるが,「もりよし」と読む説もある。鎌倉幕府倒幕をはかる父,後醍醐天皇の意を受け,1326年(嘉暦1)に得度し,翌年には天台座主となり,法名を尊雲と称し,関東調伏の祈祷や山門勢力を味方にする努力を行った。元弘の変がおこるや,僧兵を率いて活躍し,その間に還俗して護良親王となった。1333年(元弘3),鎌倉幕府滅亡後,隠岐島より京都へ還御した後醍醐天皇の新政府のもとで,征夷大将軍・兵部卿となった。しかし,足利尊氏と対立し,その勢力削減をねらったが失敗する一方,成良親王の母である新待賢門院の讒言もあって,1334年(建武1)鎌倉に幽閉される。1335年(建武2),鎌倉奪還をはかろうとする北条時行の中先代の乱の際に,足利直義に殺されてしまった。なお,護良親王が幽閉されていたといわれる土牢が現在に伝わるが,その後には鎌倉宮が設けられている。