●モムゼン
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1817 ドイツ連邦
1817〜1903 ドイツの歴史家・政治家。シュレスヴィヒ=ホルシュタインのフーズムの近くで牧師の子として生まれ,キール大学で法学を学ぶ。三月革命(1848)では,自由主義的な立場で新聞で論陣をはった。そのあと就任したライプツィヒ大学では革命参加と政府批判のためにその職を失う(1850)。1852年チューリヒ大学,1854年ブレスラウ大学のローマ法教授。1858年よりベルリン大学古代史教授になる。この間,主著『ローマ史』(第1巻1854年,第2巻1855年,第3巻1856年,第4巻未完,終巻1885年)を著し,この業績に対して1902年ノーベル文学賞を受けた。この間,政治活動を展開,1858年「プロイセン年報」の刊行に関係,1861年ドイツ進歩党の結成に参加し,1863〜66年その代表者。1873〜79年プロイセン議会で国民自由党の左派。1881年帝国議会議員となって,ビスマルクの政治の批判者として活動した。
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