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●物部守屋 もののべのもりや

アジア 日本 AD 

 ?〜587 6世紀の中央豪族。欽明朝の大連物部尾輿の子で敏達朝・用明朝の大連。母は弓削氏の女阿佐姫と伝えられ,『日本書紀』には物部弓削守屋大連ともみえる。『書紀』によると,敏達天皇の時代に,仏教の受容に積極的態度をとる蘇我馬子と対立し,中臣勝海とともに排仏を主張して,寺院や仏像を焼き捨て,用明天皇没後の皇嗣問題をきっかけに馬子とのあいだに武力衝突となり,戦いのなかで敗死する。仏教受容の可否をめぐる蘇我・物部間の対立は,仏家の教化的意図を中心とした説話にもとづくと考えられ,『書紀』にみえる守屋の排仏行為をそのまま史実とみることはできない。馬子との戦いでは〈朴の枝間に昇りて臨み射ること雨の如し〉と描かれ,古代軍事氏族物部氏本宗家の家長としての勇姿がうかがわれる。彼の死後,物部氏の勢力は衰退した。

〔参考文献〕佐伯有清「貴族文化の発生」『岩波講座日本歴史』2,1975,岩波書店