●モネ
ヨーロッパ フランス共和国 AD1840 七月王政
1840〜1926 パリに生まれ,少年時代はル=アーブルで過ごし,16歳のとき海の画家ブーダンと知り合い,画家への第一歩となった。ついでパリに出てピサロを知り,グレールの門に入ってルノワールやシスレーを知る。初期の作品はクールベやコローの影響を受け,マネの感化によって明るい外光描写にむかい,31歳普仏戦争をロンドンに避け,そこでターナーらの作品に接しいっそうその明快な色調を研究,純粋色を使えば新鮮な色彩感が得られることを発見,ピサロとともに自然の外光描写に努めた。27歳の「庭の女たち」,29歳の「ラ=グルヌイエール」などを描き,34歳で「印象=日の出」を“無名会第1回展”に出品したが理解されず,批評家ルイ=ルロアはこの題名をもじって“印象派展”と嘲笑したが,モネらはそのまま“印象派”と名乗った。その後彼は「サン=ラザール駅」「ルーアン大聖堂」「睡蓮」など色の微妙な変化を追った同一テーマの見事な連作の数々を遺した。