●本木昌造 もときしょうぞう
アジア 日本 AD1824 江戸時代
1824〜1892(文政7〜明治25)苦心工夫を重ねて近代活版印刷の道を開いた人物。本姓北島氏。長崎でオランダ語通訳を職とする母方本木家の養子となる。11歳で通詞。家蔵のオランダ書を見て西洋の印刷に惹かれ1848年(嘉永1)ごろ流しこみ活字を案出,自著『蘭和通弁』を印刷。これは嘉永元年,オランダ製の活版印刷機と欧文活字を積んだオランダ船が入港した際,3人の仲間とともに官許を得て購入したのが契機であった。長崎海軍伝習所開設と同時に通訳,1860年(万延1)には,長崎飽ノ浦製鉄所御用掛となり,安政ごろから出島オランダ商館勤務のオランダ人の助力を受け活字鋳造に苦心していた。1869年(明治2)長崎に私塾を開設,活版所を営み,上海に勤務のアメリカ人活版技師ガンブルに会い,改良活字鋳造に成功。生存中,活字の商品化にはいたらなかったが,門人平野富二に受け継がれた。上京した平野は築地活版所を始めた。