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●文字改革 もじかいかく

アジア 中華人民共和国 AD 

 既存の文字に体系上・構造上なんらかの変革を加えること。具体的方策としては,(1)文字体系の改革(ナシ族が象形文字を廃してローマ字式の表音文字を採用した例),(2)字母系統の改変(ウイグル語が前後して古代チュルク語の字母やアラビア字母を使用した例),(3)文字の改良(漢字の簡略化)があるが,ふつう文字改革といえば,現在中国で進められている漢字改革をさす。そして漢字の簡略化は共通語(「普通語」という)の普及・表音文字の推進と密接な関連がある。表音文字の推進については別項(ローマ字運動)に譲り,ここでは漢字の簡略化と共通語の普及について説明する。

【漢字の簡略化】漢字の簡略化は今に始まったことではなく,民衆のあいだでは昔から画数が多くて書きにくい漢字に代わって画数の少ない,また形を簡単にした俗字や同音のあて字がかなり使われていた。この俗字を学校教育に採用したのが清末の陸費逵であり,その後各種の簡略字表が発表され,中華民国政府も1935年に簡体字(324字)を公布したが,国内情勢の不安定からあまり普及されなかった。1949年成立した中華人民共和国は国務院の直属機関として文字改革委員会を設置し,〈中国の文字は表音化の方向に向うべきであり,それ以前に漢字の簡略化を行なうべきである〉との毛沢東の指示にもとづき,表音文字の制定と並行して漢字の簡略化作業を進めた。そして1956年1月簡体字515,簡体偏旁54を含む「漢字簡化方案」を正式に公布した。簡体字の使用は2段階に分けて実施された。第1段階では230字を方案公布と同時に使用し,第2段階では285字を1959年までに実用化した。簡体字の使用と並行して新聞雑誌の横組も実施されている。さらに1964年には偏旁を簡略化した漢字を含め2,238字の「簡化字総表」を発表し,簡体字は一応の定着をみた。ついで1977年12月「第2次漢字簡化方案」(簡体字853,簡体偏旁61)を公布したが,その多くが一部の地区あるいは分野でのみ使用され,一般になじみが薄く「約定俗成(慣習にしたがう)」の簡略化の原則を逸脱しているとして強い批判を受け,実用化が見送られ,再検討の段階にある。いずれにしろ簡体字は,(1)古書と新書では字体が異なるため正字の習得も必要である,(2)他の漢字使用国とは字体の相違から交流に不利である,(3)字体が酷似の漢字がつくられやすい,(4)一字多読の字が多い,などの短所があるものの,(1)初学者の漢字の習得に役立つ,(2)既習者も漢字を明瞭に読むことができる,(3)筆記も省力化できる,(4)タイプも明確に打てる,(5)電子計算機での漢字処理に有利,などの利点があり,今後とも大方の大衆の支持を得て,種々の欠点を修正しつつより着実に実用化されるであろう。簡体字は古字や俗字の借用,漢字の部分的省略改形,代替等の方法で作成されている。

【共通語の推進】共通語の確立,普及は近代国家の要件の一つであり,中華民国政府も成立早々この問題に取り組み,人為的な国音か,北京語を標準とするかの討論ののち,北京語の発音と声調にもとづく国語を制定した。そして注音符号とともに普及を図ったが,環境や条件の不備のため定着は不十分であった。中華人民共和国もこの問題を慎重に検討の結果,1955年北京地区の方言の語音系統を標準語とし,北方地区で通用している語彙を標準とする民族共通語,すなわち「普通話」を決定し,「みんなで普通話を話そう」運動を展開した。放送事業の拡充,労働者や軍隊の全国的異動,教育の拡充,文盲の撲滅などにより,かなりの成果をおさめた。今後はさらに学校の全課目の共通語による授業,全公共活動(会議・商取引・講演など)での共通語の全面的使用を目標に普及運動が推進されよう。