●文字 もじ
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【文字とは】文字は生物である人間が,ほかの生物体と区別される最も顕著な点の一つである。高等な社会をもつといわれる猿の社会においても,文字に類するものは一つもみあたらない。文字は人間の行為において,言語面の2大行為「音声言語行為・文字言語行為」といわれるうちの一つである。【文字の種類】文字の種類は人によりさまざまであるので,いちがいに数字をあげることはできない。ある者は,絵文字・縄文字からというように,文化の発達に応じて数えるであろうし,国語学の立場から,○○文字というように,「文字」の上に単語をつけて,たとえば表意文字・表音文字というようにして,数えることもできるであろう。あるいは,歴史学の立場から世界各地をみわたして,エジプトの象形文字(しょうけいもじ)・アッシリアの楔形文字(きっけいもじ−くさび文字のこと)というように数えることもできる。このように扱う人の観点や立場によりさまざまであり,それらを合わせても,さほどの意味はなかろう。したがって,ここでは,文字のなかの代表的なものを挙げて解説するにとどめる。
(1)絵文字 最も原始的な文字とみられ,絵と文字が分離していない状態のもので,代表的なものにアメリカ=インディアンのものがある。
(2)縄文字 これは縄文字の結び目が一つの意味をもつもので,代表的なものに,南米ペルーの「なわ文字」がある。
(3)楔形文字 くさび文字といわれるもので,代表的なものに,アッシリアの楔形文字がある。
(4)象形文字 物の形をかたどってつくった文字。絵文字ともいわれる。(1)の絵文字と近い関係のもの。代表的なものに,エジプトの象形文字やクレタ島の象形文字がある。
(5)甲骨文字 亀の甲や獣の骨に刻まれた文字。代表的なものに,中国の殷代のものがある。
次に,これら代表の文字を示す。
【文字の歴史】文字の歴史にはいくつかの面がある。一つは,上に述べた代表的な五つの文字の横のつながりである。果たして,これらを1点に帰結しうる要素があるのか,ないのか,という点がそれである。二つに類似の発想に,偶然性をとるか伝播(でんぱ)をみるか,という点であり,三つに,上の五つの文字を発展的にみたとすれば,その順序をふまないものについては,これをどう説明するのか,というところである。これら以外にも,諸々の問題が存在する。だが,ここでは,そうした問題があるという指摘にとどめて,先の五つの文字の発生の時期についてふれるにとどめる。
(1)絵文字 絵文字が象形文字の前の段階にあることはわかるが,明確に絵が文字の役割を果していたことを証明することは困難とされている。ごくおおまかに,太古の時代ぐらいとみて大過はなかろう(なお,アメリカ=インディアンの絵文字がごく最近(19世紀終末ごろ)まであったが,本来の絵文字と同一にみるには難点があるといわれている)。
(2)縄文字 絵文字同様に古く,南米ペルーや古代中国・日本の沖縄などにみられるが年代は未定。
(3)楔形文字 だいたい前2600年ごろから前1世紀末ごろまでのものとみられている。
(4)象形文字 地域により異なり,したがって,年代にも幅がある。たとえば,エジプトの象形文字はだいたい,前3000年にさかのぼるし,中国の象形文字は殷代のことで前1200年〜前1100年ごろという。
(5)甲骨文字 これは,だいたいのところ,前14世紀から前11世紀ごろといわれている。
これらでみるように,文字の起源は,その地域の文明と発祥の深いかかわりをもつことである。
世界の古い文字の代表的なものは,上にみた通りである。これら古い文字から派生したり,工夫・発展して後世に息吹くものがある一方,消滅していったものもある。脈打つ一つに,象形文字からの漢字の展開があるので,次に漢字を中心とした文字についてみていく。
中国の象形文字は漢字の原形であり,それが完成し,日本に入ってきたのが,古代の渡来漢字である。漢字はさらに日本において片カナと平カナを派生し,他方,朝鮮では中国からの借物でない独自の文字を,という機運から15世紀なかごろに,世宗皇帝のもとで約3年ほど検討してできたのが,現行のハングル文字である。したがって,字体としては漢字の一類とはみられていない独自のものと評価されているが,その成立に漢字のあったことは否定できない。
日本に漢字が移入されたことで,一つの新たな問題が生じた。それは“神代文字”の存在いかんのことである。漢字移入以前に日本には,日本としての文字があった。それが神代からのものゆえに,神代文字というものであるという意見がそれである。だが,これは現在,いくつかの点で否定されている。その第1は,ハングル文字との関係で,それらの影響による後世のものという意見。第2は,古代にできた斎部広成の『古語拾遺』(807)の初頭に〈けだし聞はる。上古の世,未だ文字有らず〉とあり,当時の文筆をものにする知識人にさえ,そう認識されていたのだから,信ずるに足るだろうという意見。第3に,史書のどこにも漢字と別の書体の神代文字がみえないし,それに言及したものが一つもないという事実からの論。こうした結果,その存在は否定されて現代にいたっている。
【文字と芸術】文字には元来,実用のために存在するもので,これを実用から離れ,鑑賞する芸術の域まで高めることはなかった。しかるに,これを書道として芸術の域にまで高めたのは,中国と日本だけであった。書風が一つの芸術として,いかに意を相手に伝えるかという本来の目的から,いかに芸術として高めたものにするかが問われることになり,それをきわめる芸術が書道として成立したわけである。書道の成立は芸術の誕生でもある。現代でこそ文字のデザインが行われ芸術の仲間入りを果したが,文字が芸術として中国や日本において誕生したのは,これらに比べ,はるかな昔のことである。中国の古代文字の書体について最初の研究がなされたのが後漢時代(25〜220)の『説文解字(せつもんかいじ)』で,後漢の安帝に提出されたのが121年のことである。他方,日本では平安時代(794〜1191)初期には三筆といって書道の優れた3人が存在した。一般に嵯峨天皇・空海・橘逸勢(はやなり)がそれである。こうした当時の各界の指導的地位のものにより,能筆家のでたことは,それ以後の発展の土台となることである。次に,日本独特のカナ文字についてみる。
【カナ文字】カナ文字は,片カナと平カナにわかれるが,一つの漢字から二つの文字を創り出したのは,日本人の創見である。このことは平カナにおいて,早く平安時代中期に女流文字を生む契機となり,やがて中世において武士をはじめ諸方にひろがり,江戸時代には庶民階級まで普及することになる。一方,片カナはもっと早く,古代の「正倉院文書」にみえるのに始まり,年代明記の『成実論』(828),そして片カナ本の『古今和歌集』や『後撰和歌集』などの和歌集,あるいは『伊勢物語』や『方丈記』などの散文の作品など,一連の片カナ本が誕生し,やがて庶民のなかに定着していくのである。
〔参考文献〕小松茂美『かな』1968,岩波書店
白川静『漢字』1970,岩波書店
A.C.ムーアハラス『文字の歴史』1956,岩波書店
加藤一郎『象形文字入門』1962,中央公論社