●孟子 もうし
アジア 中華人民共和国 BC390 周
前390〜前305(銭穆説)中国の戦国時代中期の儒家。諱は軻,字は子輿または子車。魯の鄒の人。子思の孫弟子。諸国を遊説し,斉では一時客卿となったが,その理想主義は富国強兵を主とする戦国君主の用いる所とならず,帰国。門人を教えて終わった。『孟子』の7篇はその言行録。孟子没後比較的最近の門人の編集による。孟子は孔子の仁を実現すべき親疎の別を立てて義とし,仁義礼智を備わせて四徳とし,人間の本性にはその端緒(四端)が先天的に併わるとした(性善説)。このような人間観にもとづき孟子は君主が徳をもって人民を教化する王道(先王の政道)を天下統一の近道とした。また民意に発現する天命の向背(なりゆき)による王朝の平和的(禅譲)・武力的(放伐)交代を主張した。南宋の朱熹は『孟子』を四書に列して『集注』(新注)を著し,孟子を道統に位置づけた。清朝考証学では焦循の『正義』が代表的注釈である。
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