●蒙古の転生ラマ もうこのてんせいラマ
AD
蒙古におけるラマ教の起源は,アバダイ=ハンの時代であろう。アバダイ=ハンは1577年(万暦5)内蒙古の帰化城で3代ダライ=ラマ,ソナムギャツォーから初めて仏教の教えを受け,1785年には外蒙古ハルハにエルデニ=ジョーが建立された(一説には,その建立は,1577/86とある)。外蒙古の転生喇嘛ジェプツン=ダンパ=フトクトの初代は1635年アバダイ=ハンの孫ゴンボドルジの子として生まれ1649年チベットに入り,4代ダライ=ラマからジェプツン=ダンパの称号を受けたロプサン=ワンポ=ギェルツェンである。代々転生をもって継承され,全外蒙古人の信仰の対象となり,蒙古人民共和国が成立し8代ジェプツン=ダンパ=フトクトが没するまでつづいた。内蒙古では,オルドス部のホトクタイ=セツェン=ホンタイジが1566年チベットに遠征し,地方の土侯たちに勧降使を発し,降伏を条件としてラマ教の教義・経典を尊重することとした。彼の弟トメットのアルタン=ハンは1575年チベットに遠征し,アクリ=ラマを伴って帰国したが,その感化により入信し,1578年には3代ダライ=ラマ,ソナム=ギャツォーを抑えた。ソナム=ギャツォーは1588年(万暦16)蒙古で客死し,その転生者ヨンテン=ギャツォーは蒙古に生まれ入蔵して4代ダライ=ラマとなった。内蒙古では清の康煕・雍正・乾隆時代がラマ教の最盛期であった。