●メンデルスゾーン
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1809 ライン同盟
1809〜1847 ドイツの作曲家。富裕な銀行家の家庭に生まれ豊かな音楽的教育を受けたのち,西欧各国を作曲演奏で旅し,1835年ゲヴァントハウスの演奏会指揮者としてライプツィヒに移り,それを屈指の楽団に育て,バッハなどの古典を紹介した。1841年ベルリン芸術アカデミーの音楽部長となり活躍する。1843年ライプツィヒに音楽学校の設立を企画して開校。1844年ごろから体調を崩し,1847年10回目のイギリス訪問を最後に卒中で没した。バッハを理想とし『マタイ受難曲』を紹介するなど古典の復活に貢献。古典的平穏さと洗練された調和による喜びに満ちた純粋さと,軽妙さを備えた文学的標題的な作品が多い。作品には「真夏の夜の夢」を含む舞台作品15,オラトリオ3,協奏曲・管弦楽曲42,室内楽37,「無言歌」などピアノ曲約150,オルガン曲36,宗教的声楽曲91,カンタータ・重唱・合唱曲70余,歌曲120,ほかに民謡集・編曲など多数がある。
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