●目安箱 めやすばこ
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享保の改革政治において庶民の直訴を受けるため将軍吉宗が設けた一種の投書箱。今日なら「市民参加の政治」をうたいあげたニューアイデアといった趣もある。目安の語は中世には訴陳状の意,江戸時代には訴状のみをさす。1721年(享保6)初めて置かれ士民の訴訟献言に耳を貸さんとした。評定所寄合日に当る毎月2,11,21の3日,評定所門前に箱を出し,投函された内容については将軍も一応眼を通し,老中に下げた。訴状には住所を記し署名を約束ごととした上で政治全般についての意見,訴訟の滞留の訴え,老中の衰貶,町奉行・目付・遠国奉行などにかかわる非議失政など忌憚のない投書も許された。一方,匿名の投書や,人を陥れるための造言を厳に戒め,違背するものは罰した。小石川養生所の開設,町火消の創設,町家に瓦屋根をのせるなどの施策がここから採られたともいわれる。吉宗以後も民情理解の一方法として継続された。