●メキシコ遠征 メキシコえんせい
ヨーロッパ フランス共和国 AD1862 第二帝政
1862年メキシコに対して行われたフランス・イギリス・スペインによる共同軍事干渉に始まり,1862〜67年には,フランスのみの侵略と帝制樹立の試みとなった。1857年に自由派リベラルの支配下に新憲法が制定され,1861年にベニト=ファレスが大統領となり,財政困難のため外債利子の支払い停止を宣言した。フランスのナポレオン3世は,保守派と連絡,イギリスとスペインに働きかけ,1862年1月,主要港ベラクルスを共同占領した。これら両国が軍隊を引き揚げたのちも,フランスは進撃し,6月10日首都に入城,1864年5月末オーストリア=ハプスブルク家のマクシミリアン大公が到着し,メキシコ皇帝に即位した。フランス軍とメキシコ保守派軍は,一時ほぼ全国を支配したが,1866年末,フランス軍が撤退し,米国リンカーン大統領は,北部国境に逃げていたファレスらの自由派を支援し,1867年6月19日,マクシミリアンはケレタロで銃殺された。