●明六雑誌 めいろくざっし
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1873年(明治6)森有礼が発議して結成された明六社の機関誌。わが国で最初の総合学術雑誌ともいうべきもので,文明開化の高潮期にあってそのオピニオン=リーダーの役割を果たした。翌年3月ごろに創刊され,1875年(明治8)11月刊行の第43号までつづき,毎号約3,000部ずつ発行された。執筆者は,森のほか,津田真道・西周・阪谷素・杉亨二・西村茂樹・中村正直・加藤弘之・神田孝平・箕作麟祥・柏原孝章・福沢諭吉・清水卯三郎・柴田昌吉・津田仙・箕作秋坪(執筆数順)の16名である。内容は多岐にわたり,民撰議院設立論・宗教論・経済論・男女“同権”論・風俗改良論・科学的知識の紹介・迷信の打破などを含んでいる。しかしそれらが明治政府の政策と一致しない場合の対応をめぐって,具体的には,新聞紙条例・讒謗律との関連で,官僚がほとんどを占める社内の意見を調整できず終刊したことは,この雑誌の性格を物語っている。