●明宗 めいそう
アジア 中華人民共和国 AD867 唐
867〜933(在位926〜933)中国五代後唐の第2代皇帝。本名はボウキツレツ※注1※。李克用の義児となり李嗣源と改名。諡(おくりな)は聖徳和武欽孝皇帝。父は沙陀族の首領で,唐の振武節度使李国昌に仕えた武将で,父のあとを承け,李国昌・李克用2代の親任のもとに活躍した。ついで李克用の子李存勗(荘宗)を助けて後唐の建国を実現したが,荘宗が武人の勢力を軽視したため,軍人の反乱がおこると,擁立されて皇帝となった。即位後は諸制度の改革に着手したが,とくに大規模な検田を実施して課税の平均をはかったことや,財政機関としての三司使を創設したこと,侍衛親軍の制度を確立したことなどは注目すべき治績であり,後周の世宗とともに五代史上の名君と呼ばれる。
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