●メイエルホリド
AD1874
1874〜1940 ソヴィエトの演出家。「形式主義」批判により粛清され,ソヴィエト演劇史上から抹殺されたが,スターリン死後の1955年名誉回復,1960年代の「メイエルホリド=ルネサンス」を招来。ペンザ市生まれ。ドイツ系ロシア人の父は富裕な醸造家。モスクワ大学中退後,ネミロヴィチ=ダンチェンコに師事,モスクワ芸術座の創立に俳優として参画したが,その自然主義に飽き足らず4年後退団,象徴主義に移行する。1906年女優コミサルジェフスカヤに招かれ演出家となるが,ほどなく袂を分かち,アレクサンドリンスキー劇場に移る。10月革命後には,自分の劇場(メイエルホリド劇場)を主宰し,より「演劇的演劇」の実験を重ねた。舞台美術には構成主義を採用し,俳優の身体訓練法としてビオメハニカを考案,マヤコフスキーの『ミステリヤ=ブッフ』など新作ばかりでなく,古典的作品も斬新な演出で甦らせた。1902年川上音二郎一座のロシア公演で,貞奴の演技に注目した。