●村山 むらやま
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村民共有の山林のこと。郷山・地山・村持山・モヤイ山など,さまざまな呼称がある。一般に江戸時代には藩政村単位に所有していたので,明治以降は部落有林という形態を示すことが多い。なお共有林とは法律上の概念で,複数の人の共有山林を意味する。したがって共有林のなかには一部の村民のみの所有山林も含まれるが,その場合でも薪にする枯木などの採取は全村民に認められていることが多かった。村山からは,薪炭材・肥料用の柴草・牛馬の飼料・木の実などのほか,建築材を採取することもありえたから,往時の村落生活にとって村山の存在は不可欠であった。村山には,一村入会のものと数村入会のものとあったが,いずれの場合でも山守や山番などの村役を置いて山の管理をし,村民は年間に数回村仕事として下草刈りなどを行い,薪取りや木の実の採集にも期限を設けることが少くなかった。採取の開始は,山の口明けとか山開きと称し,当日は全村民がこぞって参加したのであり,こうした慣習をもつところでは,違反者に対する制裁も厳しく行われた。〔参考文献〕戒能通孝『入会の研究』1943,日本評論社