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●村役 むらやく

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 村落の種々の役員に対する呼称。広義には,江戸時代における庄屋(名主)・組頭・百姓代といった村役人なども含むが,民俗学では主として明治以降の,住民にとって実質的な意義をもつムラの役員を対象とする。したがって1871年(明治4)制定の大区小区制や,1889年(明治22)制定の町村制下における戸長や町村長などは直接は扱わない。ムラの代表者の呼称は惣代・区長・部落長などと時代や地域によって異る。肝煎・村君・弁指,あるいは通称を親方と呼んだところもある。明治前期には庄屋や名主などの家筋の者が世襲的に当たることが多かったが,やがて村民による選挙や輪番制で任命されるようになった。おもな任務は委任事務と自治的村落行政の統轄であり,ムラの最高の責任者でもある。その下に,重立・年寄・村世話人・組頭といった数名の相談役が置かれていた場合もあるが,それらはしだいに評議員・協議員・組長などと変遷した。明治から大正時代にかけては,惣代や区長の下に使丁・定使い・小走りといった小使い役が置かれるのがふつうであった。それには一般の村民が月番や日番で当たる例と,ムラ内の貧者が雇われて従事する例とあったが,後者の場合は最下位の村役というべきものであった。なお,これらのほかに村役としては池守・堰番・水番・山守などがある。

〔参考文献〕児玉幸多『近世農民生活史』1957,吉川弘文館