●ムラービト朝 ムラービトちょう
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11世紀中ごろ〜12世紀前半 首都はマラッケシュ。ファーティマ朝の衰退のなかで,モロッコ人のイブン=ヤーシーンが,イスラーム教を本来の姿に戻そうとして,セネガル川下流域で活動を開始した。彼は修行所をつくって修業者(ムラービト)を各地に派遣して,怠慢なイスラーム教徒や異教徒を改心させた。この運動は,ベルベル系サハラ遊牧民ラムトゥーナ族を加えて一段と強まり,ついに,ガーナ王国やモロッコに対してジハード(聖戦)を宣した。ムラービトたちはガーナ王国やモロッコを制圧し,マラッケシュ市を築いて(1062年ごろ)首都とした。その後,イベリア半島南部やアルジェリアにも侵攻して領土を拡大した。マラッケシュは,サハラ交易で栄え,アンダルシア文化も入って賑わった。しかしやがて建国の気風が薄れ,部族対立も加わって衰退していった。12世紀初頭,アトラス山地のベルベル系種族のイブン=トゥマルトが,イスラーム革新運動を展開し,彼のジハード(またはムワッヒド朝)によって滅亡した(1130年ごろ)。
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