●夢窓疎石 むそうそせき
アジア 日本 AD1275 鎌倉時代
1275〜1351(建治1〜観応2)鎌倉末期から南北朝時代にかけて活躍した臨済宗の僧。天龍寺の開山。伊勢に生まれ甲斐に移り,9歳で出家。初め天台・真言を学び,のちに禅に帰し,一山一寧・高峰顕日らに参じて高峰の法を嗣いだ。権勢に近づくことを好まなかったが,1325年(正中2)後醍醐天皇の勅請により南禅寺に,ついで北条高時の請によって円覚寺に住山。鎌倉幕府滅亡後は京都に臨川寺を開創し,南禅寺に再住した。建武新政の瓦解後は足利尊氏・直義の帰依をうけ,戦没者の霊を弔うために諸国に安国寺・利生塔を,後醍醐天皇の冥福を祈るために天龍寺を建立させ,その費用を得るために天龍寺船を明に派遣した。造園の才にも富み天龍寺・西芳寺などにその遺構をのこしている。1351年9月30日寂。生前に三つの国師号をおくられ,寂後に四国師号をおくられ,世に七朝帝師と称された。その門派はのちに五山派の主流となった。語録や『夢中問答』などの著書がある。
![]()