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●ムジャーヒディーン運動 ムジャーヒディーンうんどう

アジア パキスタン・イスラム共和国 AD 

 19世紀初頭現在のバキスタン西北部ペシャワール付近におこったシク勢力・イギリス権力に対するムスリムの抵抗運動。その運動がムジャヒディーン(聖戦士団)によるジハード(聖戦)と規定されたためこの名称がある。イギリス人はワッハービーと呼んだ。指導者はサイイド=アフマド=バレールビー。1826年ムジャヒディーン500人はラジット=シンクのシク王国に対してジハードを宣言,辺境部族をまき込みながら西北地帯を席捲した。1831年敗退,バレールビーほか600人が戦死した。この「最初の大衆運動」の挫折は主にはその排他的・不寛容な性格が部族連合に対立を生んだためだとされる。ムジャーヒディーンの目標は異教徒勢力からイスラームの国を解放しようとするものであり,反ムスリム勢力一般へと抵抗を拡大,アフマド=バレールビーの死後はイギリス権力が直接の対象となった。パトナ市に拠ったムジャーヒディーンの蜂起はイギリス側のたびかさなる弾圧で1850年代に壊滅した。19世紀以降におけるインド=ムスリム抵抗運動の先駆としての意義をもつ。