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●武蔵七党 むさししちとう

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 平安時代末期に武蔵国各地におこった七つの同族的武士団の総称。荘園制の発達,律令兵制の頽廃などによる地方政治の乱れは,在地土豪層を中心に武装を強める結果となり,下向貴族を戴いて党的結合をなし武士団を形成した。その代表的なものに武蔵七党と坂東八平氏などがある。各党の構成員は分散した所領によりつつも対等の同族結合をもち,はっきりした総庶関係は不明の場合が多い。これらの武士は居住地名を名乗ることが通例で,苗字から彼らの居住地と分布に迫ることも可能。武蔵七党の分布の概略は以下の通りである。

 横山党 東京都多摩郡,埼玉県大里・比企・埼玉各郡

 野与党 埼玉郡全域

 村山党 多摩郡村山・入間郡

 児玉党 児玉郡・大里郡・秩父郡

 丹 党 秩父郡・児玉郡・入間郡

 私市党 埼玉郡・大里郡

 猪股党 児玉郡・北武蔵一帯

 西 党 多摩郡一帯

 七党では児玉・丹・猪股の3党が25以上の小武士団を糾合し地域的勢力が大であった。畠山・河越・江戸氏などは武蔵武士と総称するが武蔵七党には含めない。前九年・後三年の両役を通じて義家に,また保元・平治の乱では義朝に従った者が多く,乱後源氏勢力は一時後退を余儀なくされたが,以仁王の令旨により大半の武士は時間の差はあれ頼朝の幕下に集まり,鎌倉幕府の成立に貢献した。