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●武蔵 むさし

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 大化改新で「武蔵」国となる以前は,天邪志国造・胸刺国造・知知夫国造が支配。その国域は現在の東京都・埼玉県と神奈川県の東部。『延喜式』によれば21郡,のち22郡。国府は府中市本町に,国分寺は国分寺市にあって,地方国分寺の中で最大規模の寺院の一つであった。数次の発掘調査によってその文化内容が明らかになりつつある。高麗郡・新羅郡などにみる渡来人の遷置,由比・小川などの牧が置かれたところに特色がある。平安時代には武蔵七党・坂東八平氏などの武士団が簇生,しのぎを削った。彼らは鎌倉幕府の成立にかかわり,鎌倉時代には関東分国が置かれた。室町時代には鎌倉公方,次いで上杉氏が治めたが,室町後期には関東管領小田原北条氏が全域を支配した。板石塔婆・関連社寺や,五輪塔など中世の文化史跡・遺産が各地に多く残っている。家康の江戸入城後,大政奉還まで,江戸は将軍の膝元として周辺の天領村々とともに発展した。譜代・旗本領も多い。明治維新後のこの地方は東京の発展がめざましいが今日的・将来的に内包する環境上の課題が増大している。