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●無教会主義 むきょうかいしゅぎ

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 内村鑑三によって始められ,彼の門下の人々によって継承されている一つのキリスト教信仰の立場。無教会主義の立場が自覚的に主張されはじめたのは,内村鑑三が自ら「聖書之研究」という雑誌を創刊したころからである。彼によれば,真の教会とはキリストを信じる者たちが愛によって結ばれた霊的な交わりであって,諸々の形式・儀式にとらわれた制度的な教会は真の教会の堕落態にほかならないのである。本質的には真の教会は霊的な生命によってのみ生きるのであり,けっして制度的・形式的なものを必要とし“無”いがゆえに,“無”教会主義が唱えられうるのである。したがって,キリスト教の救いという事柄も,唯救主なるキリストへの純粋な信仰のみが大切なのであって,制度的な教会の保持している洗礼や聖餐という聖礼典がそこに介在する余地はないのである。聖礼典の執行より聖書の研究がはるかに重要な意義をもっており,この主張点は,教会の職制制度に向けての厳しい批判と表裏をなしているといえる。すなわち,ここには宗教改革の原理の一つである“万人祭司主義”の徹底化がうちだされているのである。無教会主義の立場からすれば,16世紀の宗教改革はその後プロテスタント主義として制度化され,再びカトリック主義へと後戻りしたと批判され,そこから“第2の宗教改革”の必要性が説かれる。それは自己の教会史的位置づけとも受けとれるが,さらに特徴的な点は,その日本的性格である。〈私は二つの J を愛し,その他を愛しない。一つはイエスであり,一つは日本である〉と内村が語っているように,真のキリスト者であるとともに真の日本人であろうとしたその鮮烈な精神が,その後も畔上賢造・藤井武・塚本虎二・黒崎幸吉・南原繁・矢内原忠雄ら門下の人々に受け継がれているといえる。無教会主義が,E.ブルンナーなどの世界的な神学者から高い評価を受けるゆえんも,それが教会革新の運動であると同時に,独自の日本的なキリスト教理解を提示しているからにほかならない。