●麦作型混合農耕 むぎさくがたこんごうのうこう
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夏は高温・乾燥し,冬は温暖・多雨の地中海式気候をもつオリエントのいわゆる“肥沃な三日月地帯”において,オオムギ・コムギ・エンバク・ライムギ・エンドウ・ソラマメなどの一年生冬作物を栽培化し,ヒツジ・ヤギ・ウシなどを馴致することにより成立した農耕文化。イラクのジャルモ遺跡などの考古学資料によれば,起源を前7000年紀までさかのぼることができる。作物の起源・栽培法から調理にいたる諸要素を“農耕文化複合”ととらえ,世界の農耕を類型化した中尾佐助は,ムギ作を中心とするこの農耕を“地中海農耕文化”として,その発展過程を明らかにした。【起源と特色】冬雨気候によく適合した禾木科一年草である野生ムギ類がおいしげり,野生ウシ・ヒツジのような草食獣のいたオリエントの草原が発生地である。人間の居住による環境変化に適応して,ムギ類は,野生から雑草へと変異し,農耕の開始を植物の側から準備した。人間は雑草化した一群の一年生植物の栽培を開始し,やがてムギ類を中心とする有用な植物を選択し,改良を重ねていったのである。オオムギおよびコムギの二次作物であるエンバク類とライムギ・ナタネなどが栽培作物化されたことは,この農耕文化の特色である。第2の特色としては,ヒツジ・ヤギ・ウシ・ウマ・ロバなどが家畜化され,畜力および家畜の生産物が最大限に利用されたことがあげられる。同一耕地で,耕作と休閑=放牧を交互に行う有畜混合農耕体系がつくりだされたのである。前5000年紀に,ウシの家畜化が進み,犂耕が行われるようになった。冬の雨を利用する乾地農法では,できるだけしばしば土を浅くたがやし水分の蒸発を防ぐために播種前には犂耕を繰り返し,播種後には杷耕を用いて鎮圧作業を行う必要性があったのである。家畜利用は畜力のみならず血・乳・肉・皮・排泄物と徹底的に行われた。前2000年以前には農牧兼業はインド・ゲルマン族の基本経済型であった。ゲルマン族は,西方にオオムギをもたらし,のちに混合農業を発展させていった。またアーリア族はインド文化を築いた。第三の特色として,畑地灌漑農法の成立があった。導水路による灌漑技術が生みだされたのである。地中海気候の乾燥地帯における灌漑ムギ作農耕は高い生産性を実現した。さらに大河川流域の沖積地で灌漑農耕が行われるようになると,畑地への塩分の堆積という欠点は,定期的洪水で塩分が洗い流されることによって解決し,また灌漑用水が容易に得られるので生産性は飛躍的に上昇したのである。大規模面積の平地耕作が可能になって,多大な剰余が集積された結果,古代メソポタミア・エジプト文明が開花した。
【ヨーロッパ・アジアへの伝播】前4000年紀から前3000年紀にかけて,この農耕文化は,西方へむかっては地中海・黒海沿岸からヨーロッパへ,東方へむかっては中央アジアからチベットのオアシス地帯にその分布域を拡大していった。地中海北岸では二圃式の乾地農法が成立した。西南アジアに比べてはるかに湿潤なこの地域では乾地農業はより安定的であったし,水利条件に制限を受けないため灌漑農業よりもさらに大規模な耕作ができるという長所があった。この農耕文化がギリシア・ローマの文明を支えたのである。アルプス以北の地域では冬の寒さがきびしくなるため春播き栽培の品種群が出現した。この地域で農牧兼業で生活していたゲルマン族は,ローマの二圃式をとり入れ,さらに三圃式・輪作式へと発展させた。牛の舎飼い,飼料作物の開発と栽培,機械化がすすみ今日のヨーロッパ農業にいたった。アジアでは,インダス文明を成立させた。さらに東方へは,シベリアを経由して春播きコムギ・ライムギ,チベット経由でオオムギ,ついでコムギ・エンバクが雑穀文化と重複して伝播し,ウシがヒマラヤ・インド経由で伝播していった。
〔参考文献〕中尾佐助『栽培植物と農耕の起源』1966,岩波書店