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●麦 むぎ

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 ムギ類にはコムギ・オオムギ・ライムギおよびカラスムギが含まれるが,植物分類学的には,イネ科に属する一年生植物である。すべて西南アジアに起源した作物である。このうちコムギおよびオオムギは,イランのザクロス山岳地帯において前7000年ごろの新石器時代に,人類によって栽培化されたもので,その後のメソポタミア文明をはぐくんだ原動力となった。一方,ライムギおよびカラスムギは,雑草としてコムギおよびオオムギ畑に入り込み,その過程で2次的に栽培植物として成立した。

【コムギ】コムギはイネ科のコムギ属に属し,約20種に及ぶ多数の「種」を含む。これらの種は二倍種・四倍種および六倍種の異なる染色体数と,それらを構成する染色体組を異にする異質倍数性からみて4群に大別される。すなわち,その4群とは一粒系コムギ・二粒系コムギ・普通系コムギおよびチモフェビ系コムギで,すべて西南アジアに起源された。現在広く利用されているマカロニコムギは二粒系に,パンコムギは普通系に属する。一粒系や二粒系などの名称は着粒性に由来する。コムギの穂はいくつかの小穂の集まったものである。二倍種である一粒系は一つの小穂に1粒,四倍種である二粒系は2粒,六倍種である普通系は3〜5粒の着粒がみられることを一般的な特徴としている。着粒性からもわかるように,低次の倍数性より高次の倍数性ほど着粒は多くなる。上記の4群の起原は細胞遺伝学的研究によって,異なる二倍種の交雑と,それに伴う染色体数の倍加による異質倍数種の成立によることが明らかになった。すなわち,一粒系の野生種とコムギの近縁野生二倍種クサビコムギの交雑と,その染色体倍加がおこり,さらに,それら植物の染色体的構造分化によって,二粒系コムギとチモフェビ系コムギの野生種が起原されたと考えられている。普通系コムギは,二粒系コムギの栽培種と近縁の野生二倍種タルホコムギの交雑と,その染色体倍加によることがわかった。(1)一粒系コムギ:一粒系は二倍種(染色体数は2n=14)で,野生一粒(ひとつぶ)コムギと栽培一粒コムギがある。前者は,穂が熟すると穂軸が自然に折れて,小穂の単位でばらばらになって地上に落ちる脱落性をもつ。それに反し,後者は熟しても決して落ちない。この脱落性から非脱落性への転換は,一つの遺伝子の突然変異によって生じたもので,野生型から栽培型への一つの重要な要因である。野生種は現在でも広くギリシア・バルカン・クリミア・トランスコーカサス・トルコ・シリア・イラクおよびイランに自生している。とくにトランスコーカサス・トルコ東部をへて,イラク北部ではしばしば大草原を呈している。考古学的資料によれば,トルコ・イラクおよびイランにおいて,前8000年〜前5000年の先史住民の遺跡から野生一粒コムギが出土されている。この地域の石器時代の狩猟採集生活者は,おそらくこの野生型を利用したと推定される。栽培一粒コムギは,新石器時代から青銅時代にかけて,イラク・トルコ・シリア,さらにスイス・ドイツ・フランスなどの中部ヨーロッパまで伝播されている。世界最古のメソポタミア文明の栄えたイラクのザクロス山脈の西側斜面にあるジャルモの遺跡(前6750年と推定される初期の農耕文化村落共同体の遺跡)から,野生種とともに野生型と栽培型の中間型が発掘されている。したがってこの地方が栽培一粒コムギの発祥地と推定され,その起原の年代は前7000年であろう。この年代には,すでに栽培型の二粒系コムギが起原されているので,特殊な地域を除いては広く栽培されていなかったとみられる。現在トルコの西北部から東北部にかけて,きわめて小面積にカラスムギやオオムギと混作され,主として飼料用として利用されている。(2)二粒系コムギ:二粒系は四倍種(染色体数は2n=28)で,野生二粒コムギと約7種の栽培種がある。前述したジャルモの遺跡には,一粒系とともに野生型と最も原始的な栽培型との二つが混在して発掘されている。原始的な栽培型とは,栽培一粒コムギと同じく,畑では熟しても穂は容易には折れないが,脱穀した場合は穂はばらばらに折れて,種子は皮ムギと呼ぶ頴に包まれたままで脱粒することは困難である。この二粒系コムギは,栽培エンメルと呼ばれている。人類がコムギを利用しはじめたころには,一粒系も二粒系も実在していて,先史人によって二粒系の野生型(野生エンメル)から,この原始的な栽培エンメルが起原された。考古学的資料によれば,栽培エンメルは,イラン・イラクおよびトルコに前7000年〜前6000年には出土されている。出土された地域は,西南アジアの肥沃な三日月地帯と呼ばれるイランの西南のクルディスタンからイラン・イラク・トルコのザクロス山脈およびタウロス山脈の丘陵地帯を通り,トルコの中央および西部アナトリア高原と,パレスチナまでの地中海岸に沿って南下した半月形の地域に限定されている。とくに前述のジャルモにおいて,野生型と栽培型の二つの型が同時に発掘されている点を考えると,栽培エンメルの発祥地はメソポタミアのザクロス山岳地帯と推定される。この栽培エンメルは,一粒系よりも明らかに生産性が高いので,地中海沿岸地帯を中心として,北はヨーロッパ,南はアラビア・アビシニアまでの広い地域において栽培され,重要な食糧となった。その後,頴が柔らかく容易に脱粒される裸型の完全な栽培型のマカロニコムギが出現したのは前1000年ごろである。しかも,マカロニコムギによって栽培エンメルが主なるコムギ栽培地域より姿を消したのは,実に16世紀以後といわれている。しかし,現在では栽培エンメルの栽培はまったくみられないといってよい。マカロニコムギの発祥地もメソポタミアと推定され,栽培エンメルの皮性から突然変異によって裸型のマカロニコムギが起原された。考古学的資料によれば,前1000年ごろのチグリス河畔の遺跡より発掘されたマカロニコムギが最も古い。このマカロニコムギ出現後に,伝播過程における突然変異や栽培地帯の生理生態的条件と相伴ってさまざまな「種」の分化がみられた。すなわち英国ではリベットコムギ,トランスコーカサスではペルシアコムギ,エチオピアではアビシニアコムギなど,そのほか各地域において成立された二粒系の栽培種は,すべてマカロニコムギに由来している。現在,マカロニコムギはパンコムギより乾燥に強く,近東および地中海沿岸諸国からソ連にかけてのヨーロッパ・エチオピア・アメリカ合衆国・カナダで広く栽培され,また粉は麸質に富み,マカロニやスパゲッティの原料として欠くことができない。パン用にはパンコムギに及ばないが,パンコムギ出現まではこれを用いていた。(3)普通系コムギ:パンコムギで代表される普通系コムギは野生種はなく,5種の栽培種からなる六倍種(染色体数2n=42)である。このうちパンコムギは,現在世界で最も広く栽培されているコムギである。すでに述べたように,栽培二粒系コムギと野生種のタルホコムギとの交雑に由来したので,その発祥地はタルホコムギの分布地域内である。タルホコムギのおもな分布地域は,トランスコーカサス・イラン北部およびアフガニスタン北部である。栽培二粒系コムギの発祥地であるメソポタミアに近く,パンコムギの変異の豊富なトランスコーカサスからイラン北西部の地域において,パンコムギが成立したと推定される。考古学的資料によれば,パンコムギの炭化種子は前5500年前後の遺跡から発見されているが,それらの発掘地域は,まったくタルホコムギの分布していない地域である。今後の北西イランおよびトランスコーカサスの考古学的発掘の資料を待つ以外にない。パンコムギの起原された年代は,一応前記の考古学的資料にもとづいて前5000年としておく。なお普通系コムギには,皮性のマツハコムギとスペルトコムギがあり,皮性から裸性のパンコムギとの進化過程が考えられやすいが,普通系コムギにおける皮性はいずれも新しく,マツハコムギはトランスコーカサス,スペルトコムギはドイツ・スペインの中部ヨーロッパで,パンコムギから成立したと考えられている。なおパンコムギの伝播の過程で,アフガニスタンにおいて密穂のクラブコムギ,さらにインドにおいて早生・短稈のインドコムギが,パンコムギから突然変異によって生じた。パンコムギは,現在コムギの生産量の大部分の90%を占めている。このように,かつては二粒系コムギの生産地帯であった地域にも入り込み,赤道地帯から北緯70度・南緯45度までの広範囲に,また南米のアンデス地帯では標高3,500mの山岳地帯まで栽培されている。主要なパンコムギ生産地帯は,ソ連・アメリカ合衆国・カナダで,世界の生産量の半分を占めている。現在主要な生産地帯となった新大陸への伝播は新大陸発見後で,早くとも1550年以降である。トランスコーカサス地域で起原したパンコムギは,前5000年〜前4000年ごろには西南アジア・小アジアをへてヨーロッパのドナウ川とライン川流域に,また黒海の西海岸全域・南ロシア全域に達し,前3000年にはヨーロッパ全域に伝播した。北東はイラン高原をへて,前1500年ごろにアラル海南部地方に,南東はメソポタミアをへて,前2000年代にインドに,南方にはアラビアをへて前3000年にアフリカに伝播した。中国には中央アジアをへて前2000年に,わが国には朝鮮半島をへて4世紀または5世紀初めに導入された。このように,世界の隅々まで栽培可能な世界のコムギとしての地位を確立したのは,タルホコムギのもつ東方地域への分布の適応性と,二粒系コムギにみられない秋播性(冬コムギ)などの生理的形質を導入した結果で,二粒系コムギの適応しえない寒帯−熱帯,また乾燥−湿潤と,幅広い適応性とそれらに対する生態的分化を獲得したことによる。また,二粒系コムギにみられないパンコムギの製パンに適する能力は,タルホコムギに由来したものである。(4)チモフェビ系コムギ:チモフェビ系コムギは,野生種と栽培種の2種からなる四倍種(2n=28)であるが,前に述べたように染色体的構造分化によって,四倍種である二粒系コムギと染色体組成を異にする。野生種は,トルコ・イラクおよびイランのザクロス山岳地帯に豊富に分布し,さらにトランスコーカサスにも伝播している。栽培種は,トランスコーカサスの野生種から起原されたもので,本地方のみに栽培されている。また近年,この栽培畑から六倍種の栽培種が発見され,それは栽培一粒系コムギと栽培四倍種との雑種起原であることがわかった。

【オオムギ】オオムギは,ムギ類のなかでコムギの次に栽培されていて,赤道から極地の近くまで広く栽培可能なものである。パンコムギより耐寒性ならびに耐雪性は弱いが,春播型のオオムギは,イネ科植物のなかで最も生育期間が短いので,コムギの北限よりも高緯度の北緯70度付近まで,またチベットやアンデス地域のような標高4,000mの高い地域まで栽培されている。現在はアジアの一部を除いては,食料よりも主として飼料・ビール,その他の醸造原料,アジア地域の味噌・醤油などの原料として用いられている。栽培オオムギは,ただ1種の二倍種のみからなる。栽培オオムギには二条種と六条種がある。コムギの場合と異なり,オオムギの穂を形成する小穂は,おのおの一つの小花からなり,穂の同一の節に三つの小穂が着生している。この3小穂がすべて結実するものは,穂を上から見ると,六つの種子が並んでいるように見えるので,六条種と名づけられている。3小穂のうち,中央の小穂のみに種子が着生し,側列小穂が不稔の場合は,上から見ると二つの種子が並んでいるように見えるので二条種という。すなわち,二条種は側列小穂が不稔であるが,六条種はそれがすべて稔性をもつ。また六条種には,皮ムギと裸ムギがある。前者は熟しても頴が種子から分離しないが,後者は容易に分離する。栽培種の祖先種である野生二条種は,北部アフガニスタンからイラン・イラク・コーカサス・トルコ・シリア・ヨルダンおよびアラビアまで広く分布しているが,イラン・イラクおよびトルコのザクロス山岳地帯で,野生二条種から栽培二条種と栽培六条種が起原された。栽培オオムギの最も古い出土品は,前6750年のメソポタミアのジャルモの遺蹟からで,それは栽培二条種である。また前5500年ごろには,六条種の皮ムギが出土されている。考古学的資料から,栽培二条種は前4500年ごろまで栽培されていたが,以後は六条種の栽培が盛んになった。エジプトでも前5000年に両栽培種が出土されているが,その後は六条種のみが出土されている。近東地域から前4200年〜前2500年にかけて,三つの経路でヨーロッパに伝播した。東アジアでは近東よりずっとおそく,印度西部にモヘンジョダロ文化(前3000年ごろ)の少し前に伝播し,中国では殷の時代(前1000年ごろ)の重要作物であった。また一説には,前2700年ごろに神農の行った五穀播種の儀式のなかにオオムギがあるといわれている。日本では,コムギより早く弥生時代には存在していたといわれるが,確実なところ4世紀ごろに朝鮮をへて導入された。なお東亜地域のオオムギは古くから六条種で,二条種は近世に入り,欧米から導入されたものである。二条種はビールの原料として最も適している。ビールは発芽させた麦芽を醗酵して製造するが,整一な粒,タンパク質含量が少なくないなど,六条種よりも二条種の方が適している。アメリカ合衆国には,17世紀の初めに初期開拓民によってヨーロッパより導入された。新大陸へは17世紀に,オーストラリアへは18世紀にヨーロッパより導入された。

【ライムギ】ライムギはコムギの近縁植物で,コムギと交雑可能な植物で,栽培ライムギという唯一の二倍種である。ライムギはソ連・ポーランド・ドイツ地域において栽培され,とくにソ連では世界総生産額の半分近くを占めている。ライムギはコムギについで優良な粉で,いわゆる黒パンの原料になる。また熟した種子およびワラを飼料にするほか,青刈生草としてもしばしば用いられる。耐寒性に強く摂氏零下25度以下のところで越冬し,また瘠地にも容易に生育する。栽培ライムギはコーカサスやトルキスタン地域において,コムギ畑やオオムギ畑の雑草として生育していた過程で起原された。いわゆる二次作物である。現在でも,冷涼な地域や高地ではライムギが混植されているところがある。野生型ライムギは,トランスコーカサス・トルコ東部・イラン北西部・トルクメン・アフガニスタン北部に分布する。これらの地域はカスピ海で二つの地域に隔離されている。これらの地域に雑草型が分布するので,これが栽培ライムギの直接の祖先種で,上記の地域で雑草型から栽培型が成立したと考えられる。考古学的資料によれば,ヨーロッパには前2500年〜前2000年に導入されているので,おそらく前3000年〜前2500年,もしくはそれよりも早いときに両域において前後して栽培化された。

【カラスムギ】カラスムギ(別名エンバク)は,コムギ・オオムギ・ライムギとは,植物分類学的にはイネ科の異なる群に属する。栽培カラスムギには,コムギと同じく二倍種(2n=14)・四倍種(2n=28)・六倍種(2n=42)がある。この属の中心地は,コムギ・オオムギと同じくメソポタミアのザクロス山岳地帯と考えられる。カラスムギはこれらの地域において,コムギおよびオオムギ畑の雑草となり,雑草型が成立した。さらに,コムギおよびオオムギの随伴雑草として,西および北ヨーロッパにおいて,ライムギの場合と同じく,二次的に作物となった。その作物が六倍種で,栽培上最も重要なもので,これから2〜3の種が成立し,その一つは,中国の代表的種となった。この六倍種群は,主要なヨーロッパの作物となった。不良な気候・土壌に強い特性が認められ,一部食糧として利用されているが,飼料作物として重要なものとなった。このほか,ピレネー山脈を背にするスペインおよびその地中海の島々で分布する野生種から,二倍種と四倍種を含む栽培種群が,それぞれの近縁種から起原され,地中海沿岸地域で栽培化された。またザクロス山岳の周辺地域に分布する野生四倍種の伝播によって,エチオピアにおいて栽培四倍種が起原され,栽培化された。考古学的資料によれば,中央ヨーロッパで,前1000年ごろに栽培カラスコムギが発掘されている。現在,アメリカ合衆国で最も栽培され,ソ連・ドイツ・カナダがこれについで栽培されている。

〔参考文献〕星川清親『栽培植物の起原と伝播』1978,二宮書店

田中正武『栽培植物の起原』1975,日本放送出版協会

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