●民話 みんわ
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民間説話の省略形。民衆に伝承されてきた説話を言う。「民間説話」は英語の folktale の日本語訳としてつくられた語であろう。民話という語は一般にも広く使われているが,この語を初めて学術用語として使い出したのは関敬吾である。関は1930年(昭和5)「旅と伝説」に「高陽民話」と題して関の郷里である長崎県小浜の伝説や昔話を紹介した。したがってここでは「民話」は昔話と伝説を総括した用語として使われている。さらに関は1935年(昭和10)には『島原半島民話集』を上梓した。この書は1942年(昭和17)には「日本昔話記録」の一つとして編集し直され『島原半島昔話集』として世に出ているところを見れば,ここでは昔話の同義語として使われていることになろう。この「民話」という用語に対して柳田国男を初めとする日本民俗学会は極めて批判的で,なかには,「昔話」ということばに知的なニュアンスが欠けていると考えて,最近流行のことばを使用するのであれば断固として反対するという論さえ展開する者もあった。これには柳田国男の考え方が大きく影響していたと考えられる。柳田国男は1943年(昭和18),高田十郎『随筆民話』の序において,民話ということばは気の利いた名だと思っているが,昔話が西洋で民間説話と呼ばれ,それを省略して民譚とも民話とも訳している習慣を知っているゆえに,民話という言い方を採用するのをためらっているのだと言っている。さらに柳田は1958年(昭和33)の『昔話覚書』の改版序において,“民話”は“昔話”と全く同じものであるが,ただ採集する場合に“民話”では先方に全く通用しないから,“民話”と訳した方が良い外国語のあることは知っているがそれを使用することを避けているのだと述べている。ここで柳田が言う“民話”と訳した方が良い外国語というのは英語の folktale のほかにドイツ語の volksmarchen,フランス語の conte populairo などを指しているものと思われる。この柳田のなにゆえに“民話”という言い方を採らないのかという説明はどうも前後矛盾した発言で,1943年(昭和18)には,昔話は西洋で民間説話と呼ばれていて,それを省略した民話・民譚と訳している習慣を知っているので民話という言い方を採用するのをためらっていると言いながら,1957年(昭和32)には“民話”という言い方では採集に行ったとき先方に通じないから採用しないのだと言っているのである。こういった矛盾は他にもあって,たとえば「野鳥雑記」においては“鳥の前生譚”を“民話”と呼んでいるし,土橋里木,『甲斐昔話集』の序文では〈西洋の学者も女性は民話の保管者に過ぎず,男子が常にその流布者であったことを認めている〉として“民話”という語は使っているのである。もっとも柳田は“昔話”という語を日本のそれにのみ限定して他国の話は“民話”でよろしいと考えていたのかもしれない。とするならば“昔話”という用語は一国民俗学を標榜した柳田民俗学の思想と深くかかわっているものと考えることができるだろう。さらに柳田は『昔話覚書』の改版序においては“民話”と“昔話”は全く同じものとしながら,『随筆民話』の序においては〈現在は仮に世間話という名を以て,この高田君の謂う民話に宛てている〉と述べる矛盾を犯している。これをもってしても柳田国男が「民話」という用語をいかにもて余していたかがわかるというものである。これに対して関敬吾は「民話」という語をどのように考えていたのだろうか。関は1959年(昭和34)刊の『日本民俗学大系』10のなかの「民話」の項の初めにおいて「民話」に次のような概念規定を与えている。〈現在,昔話ということばは広義にいわゆる本格昔話・笑話・動物譚を包括することばとしても使用されるが,わたしは混乱をさけて狭義の昔話のみに“昔話”ということばを限定し,民話を口承の散文物語一般の名称として使用することをあらかじめおことわりしておく〉として,関の言う本格昔話のみに「昔話」という用語を用いたのであるが,その後出された『日本昔話集成』『日本昔話大成』において見られるように,「昔話」という用語は動物譚・笑話を包括した用語としても用いられている。関はこのように「民話」を「口承の散文物語一般」としているのであるが,この場合は当然伝説や世間話をも含めた説話を言うことになる。このように「民話」の概念規定は必ずしも明確ではないが,その点は西欧においてもそうである。たとえば「民話」の原語であると思われる英語の folktale もその概念規定は必ずしも明確ではない。スティス=トンプソンはその著『民間説話(The Folktale)』において,folktale ということばは,英語ではしばしば「家の話」(household tale)または,妖精譚(fairy tale)たとえばシンデレラ姫とか白雪姫のような話を指すけれども,それはまた長年にわたって口承・書承で伝承されたあらゆる形式の散文体の話を指すと言っている。トンプソンの定義は関のそれとよく似ているが,トンプソンの方は口承のみならず書承の説話までも folktale という概念のなかに含めてしまうのである。トンプソンによれば,インド・近東・ギリシア・ラテンの古典,あるいは中世ヨーロッパの優れた説話集もすべて完全に伝承的なものであるから,folktaleと呼ばれるべきであると考えているのである。トンプソンはこういった説話集まで含めるのは広義に過ぎると思えるかもしれないが,実際的な運用という立場からすれば書承・口承を区別するのは不可能であるとするのである。folktale という語はこのように包括的であるので,民俗学者はシンデレラ姫や白雪姫のようなトンプソンのいう「通常民話」ordinary folktale を指示する適当な語がなく苦慮してきた。妖精譚(fairy tale)と言っても大部分の話には妖精などは出てこないし,家の話(household tale)ではあまりに総括的であり過ぎる。この点はフランス語の conte populaire(民衆の話)も同様である。そこで chimerical(空想的)な世界を扱っているのでカイメラット(chimerat)という語を国際語にするような提案もなされたが,広く用いられるようにはならなかった。このように folktale という語は極めて包括的かつ概念規定のしにくいものである。
ともあれ,いつだれが創作したかも知れず,長い歴史のなかで集団的につくりあげた成果が口承・伝承されてきたとするならば,それは民族の生活や地域の気候・風土,そしてその民族が経てきた魂の遍歴といったものが「民話」の豊かな醸造樽となっているのは間違いない。このように民族や地域が深く投影されていることは,同じ伝説や昔話であっても地域によってその内容が微妙に違って伝承されていることからも知れる。しかしその一方,話の主題や型が,遠く離れた地域や違った民族でもふしぎに重なり合っている分布状況を示しているのも“民話”の特徴である。包括的である folktale の訳語である日本語の「民話」の場合とよく似ている。
ただ日本の場合,関の定義にも見られるように,説話文学まで含めて考えている学者はほとんどいない。「民話」という話はこのように包括的であると同時に,それを使う学者や研究者の間のそれに籠める意味内容も多様である。昔話とほとんど同じ意味に使っている人もあれば,伝説・世間話までも含めて考える人もある。あるいはかつての「民話の会」の木下順二のように,「昔話」というと文字通り過去の話になるので「民話」の語を使うべきだとする立場の人もある。1958年(昭和33)10月から1960年(昭和35)9月まで月刊で出された「民話」という雑誌は,こういった主張をもった木下順二・西郷竹彦・竹内実・益田勝美・宮本常一・吉沢和夫などの拠ったものであった。1978年(昭和53)に創刊された「民話の手帖」もこの流れを汲む雑誌で,その創刊において吉沢和夫が,村のなかに昔の形だけを求め現実の生活や生産を無視して形だけの古さを求め保存しようとする姿勢を批判しているが,これらの人びとが考えている「民話」の概念と,学術用語としてのあるいは folktale の訳語としての「民話」という概念の間には,大きな隔たりがあると言わなければならないだろう。
それはちょうど,democracy という英語が“民主主義”という日本語になったとき,主張を異にする人々の間で多様な使い方をされるようになっていった歴史と相似的である。
〔参考文献〕『定本柳田國男集』6,22,23,筑摩書房
関敬吾『民話』1955,岩波書店
関敬吾『民話』日本民族学大系10,1959,平凡社
スティス=トンプソン,荒木・石原訳『民間説話―理論と展開』1977,社会思想社
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