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●明兆 みんちょう

アジア 日本 AD1352 南北朝時代

 1352〜1431(正平7・文和1〜永享3)日本の水墨画の成立と発展は,明兆・如拙周文・雪舟の四大家によって位置づけられる。その第一歩を築いた東福寺の画僧。吉山明兆と言い,南北朝〜室町前期の巨匠である。淡路に生まれ幼少時代同安国寺で大道一以につき,一以が東福寺28世となるのに従って東福寺に入り殿司を務め,頂相・仏画を描いた。一以の没後は性海霊見について東福寺で生涯を送る。画業の師は不明だが,宋・元・明の舶載画を研究。抑揚のある伸び伸びした筆使いを見せ濃厚な彩色を施した作も残している。義持の命により東福寺の塔やその彫像の制作にも当たったと言われる。東福寺蔵『五百羅漢図』は1386年の作,50幅中45幅現存。『聖国師像』は頂相の傑作。大幅の『達磨・蝦蟇・鉄拐図』は元代仏画の影響が濃い。『渓隠小築図』で山水画の風を確立。画題のそれぞれに気魄のこもった描線が見られ,日本水墨画の起点として意義深い。