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●民俗文化 みんぞくぶんか

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【定義】民俗文化とは,民俗社会や農民社会などとともに,アメリカの文化人類学者であるレッドフィールドにより提唱された概念である。これにより,メキシコ・ペルー・ブラジル・アイルランド・中国・日本・インドといった未開社会とは言えず,また現代的な社会といった意味での文明社会とも言えないような諸社会を指し示すものとして用いられるようになった。彼によれば,都市的なものの対極をなし,小規模で孤立し,自給的で人種や習慣が等質な社会や文化とされる。そして,これらの社会から都市的生活へと連続的に変化の過程を見る,いわゆる“民俗=都市連続体としての把握がなされている。しかし,アメリカの人類学者フォスターによれば,[1]この分類に従うと,都市以外の社会がどれも一括されてしまい,[2]すべての人類社会は都市生活の始まる以前は民俗的であったとされ,民俗文化の起源の探求は文化の起源の研究と同意義になってしまい,[3]都市における民俗文化の分析を困難なものにしてしまう,と批判を加えている。彼はレッドフィールドの定義に代え,民俗文化とは,ある所与の地域内の多くの村落や町や都市のすべての人々,もしくはある数の人々を特徴づける共通した生活方法であるとする。これは未開文化のような完結した文化をなすことがない。そしてこの定義により,レッドフィールドにおいてしばしば無差別的に用いられていた民俗文化と民俗社会を区分することができる。すなわち民俗文化の多くの要素は,基本的に民俗社会ではない社会にもあり得るが,民俗社会は民俗文化なしには存在し得ない。このように都市における民俗文化も対象たり得るようになる。そして,民俗文化は都市革命とともに出現し都市の中にも存在し,高度に工業化された部分では消滅することになる。

【日本民俗学における用例】従来日本民俗学においては“民俗文化”という用語は意識的に用いられた学術用語ではなかった。『日本民俗文化大系』というシリーズは刊行されてはいるが,ここでの民俗文化とは,日本民俗(族)の文化といった程度の意味あいであり,日本文化と言い切ってしまうときに抜け落ちてしまう“常民的なもの”を拾い上げるために用いているに過ぎない部分が多い。こういった意味での民俗文化とは大きく言って伝統的な農村に見られるさまざまな慣行・習俗・物の見方・考え方のスタイルなどから,民具や技術的なことまですべてを覆い尽すものである。因みに『日本民俗事典』(大塚民俗学会編,1972,弘文堂)項目分類目次によれば,〔方法論〕,〔社会伝承〕村落・都市・年齢組織・家族・親族・交際,〔経済伝承〕土地・農業・漁業・狩猟・林業・諸職・労働・交通・交易・服飾・食習・居住・災害,〔儀礼伝承〕産育・婚姻・葬送・年中行事・農耕儀礼,〔信仰伝承〕神祇・仏事・祭礼・民間信仰・俗信・民間医療,〔芸能伝承〕芸能・競技・遊戯・娯楽・民謡,〔言語伝承〕言葉使い・昔話・伝説・語り物,〔尺具〕,〔南島〕とあり,これらの項目は同時に基本的調査における目安でもある。このような全体が日本人の“民俗”であり,“民俗文化”でもある。つまり基層文化であり,その意味では上流社会にある慣行とは異なるものである。しかし,上流もしくは知識・支配階級・階層の行うことが民俗文化ではないとは必ずしも言えない。多くの儀式が中央から地方ヘ,上から下へと伝えられてきたことも事実である。逆に,民俗文化とは言えない能楽や歌舞伎も,民俗文化の側からの影響を受け民俗学的に解釈され得ることもあるし,これらの芸能が農村歌舞伎や能楽として伝承され演ぜられればやはり民俗文化としての扱いを受けることもできる。すなわち基本的には,日本民俗を代表するものとして水稲耕作である農民を設定し,彼らの行うものを民俗文化として代表させているとも言えるわけである。しかし,民俗学者の坪井洋文によれば,日本の民俗的世界は稲作を中心とするものだけではなくより多元的なものであると言う。彼によれば「日本という一国の民俗はすなわち民俗文化であるが,その民俗文化を比較するためには,民俗文化の類型論的設定が必要になってくる。」のであり,この類型について「日本民俗文化の類型を求めん作業仮設として,稲作(文化)類型と畑作(文化)類型とを設定してみた」としている。彼はさらにこれを“里の民俗”対“山の民俗”,“定住的生業”対“非定住的生業”と論を進めていく。この対比を先の稲作と畑作に戻せば,稲作は一定の土地の占有であり,一年を単位とし栽培することになり同一空間において毎年時間が堆積していくこととなり,始源から未来永却へというように「先祖代々の土地」へ絶対的価値がおかれ,したがってそのような民俗文化が形成される。一方,焼畑による畑作耕作は数年単位で空間の移動があり,20〜30年のローテーションで土地が利用される。そのため時間の尺度が長くなり,古いことに絶対的価値を置かなくなり,そのような特徴を備えた民俗文化が展開されることとなる。(坪井洋文『日本人の農耕観−比較民俗論への序章−』「国学院雑誌」第82巻第11号,1980年11月)

 以上のような“民俗文化”が展開するとしても,ここで用いられている“民俗文化”がとくに意義ある用い方をされていないことも明らかである。たとえば,同じ著者の『イモと日本人−−民俗文化論の課題−−』(1979年12月,未来社)においては,“民俗文化”という副題にもかかわらず“日本文化”という用語の方が多用されている。民俗文化=日本民俗学の扱う問題=日本文化という図式が感じ取られる。このように,日本民俗学において“民俗文化”という用語が明確な位置をもたないのは,この語が従来の分析において必ずしも重要な概念を提供していないところにある。

【都市研究と民俗文化】日本民俗学において“民俗文化”が有効なる概念として用いられる場があるとすれば,レッドフィールドフォスターの例のようにやはり都市が重要な問題となる局面においてであり,実際そうであった。たとえば,オランダの文化人類学者であるアウェハントによる江戸時代の地震の際に出版された数々の“鯰絵”の分析において,明確な形で現れている。ここで彼が問題とする都市,江戸は,農村社会ではもちろんないが,かと言って当時周辺を取り囲む農村社会とは全く異質で断絶しきった社会であったわけでもない。先に挙げたフォスターによれば,都市と田舎の関係は文化の影響という点からすれば一方通行なのではなく,都市からの知的なまた科学的な社会会層からの影響を受けつつも,逆に田舎(民俗文化)の方からも都市と核となる部分へと力を及ぼすことがあり,とりわけ都市の低い階層の人々においてはこのことが顕著であるという。アウェハントは,この論を手がかりとして,古い価値としての民俗宗教の諸要素は地震といった災害に対する反作用として再び生命を回復することになり,これらの要素は,先に挙げたような民俗社会からの刺激を養分としている都市社会の背景とともに考察するときに初めて完全に理解されるとする。近年の都市民俗学の研究の隆盛も,単に新しい分野の開拓というのみならず理論的に民俗学を広げていこうとする動きでもあった。ここに民俗文化という概念の生きる場もある。

 以上のように,民俗文化と言っても単純なものではなく,むしろ対立する概念との相関の内での意味を十分に発揮する術語であると言える。

〔参考文献〕R. レッドフィールド,染谷正道・宮本勝訳『未開社会の変貌』1978,みすず書房

Gorge M. Foster “What is Folk Culture?” American Anthropologist vol. 55 1953

C. アウェハント,小松和彦・中沢新一・飯島吉晴・古家信平共訳『鯰絵−民俗的想像力の世界−』1979,せりか書房,

宮田登『都市民俗論の課題』未来社