●民俗地図 みんぞくちず
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民俗事項の地域的分布を示した地図。ヨーロッパでは19世紀末から,国の境を越えた広域分布を示す民俗地図が共同作業により作製されている。日本で最初につくられた民俗地図は1927年(昭和2)「人類学雑誌」に発表された柳田国男の『蝸牛考』に添えられたカタツムリの方言の布図である。この分布図は日本の周辺部から中心部に向かって,ナメクジ系・ツブリ系・カタツムリ系・マイマイ系・デデムシ系の方言名がこの順に分布しているのが見られ,このことを根拠にして柳田はこの順に古い方言から新しい方言へと蝸牛の方言が遷移したことを論じた。その後,民俗学会ではこのような民俗地図の作製が求められて,1950年(昭和26)に刊行された民俗学研究所編『民俗学辞典』には海女・頭上運搬・両墓制についての民俗地図が載せられた。また1955年の『綜合日本民俗語彙』には,炉の主婦座・手拭いの名称と用途・後宴・巫女・河童の呼称の民俗地図が載せられた。これらは従来よく注目され研究されている事項に関するものであった。その後,文化庁文化財保護委員会は,1962年から3カ年にわたって都道府県ごとに30カ所の地区を選出して,民俗の20項目について「民俗資料緊急調査」を行い,その資料によって文化庁は1969年から『日本民俗地図』を刊行し始めて,現在8巻に及んでいる。その内容は,[1]年中行事1,[2]年中行事2,[3]信仰・社会生活,[4]交易・運搬,[5]出産・育児,[6]婚姻,[7]葬制・墓制,[8]衣主活,となっており,各巻30〜10葉の全国民俗地図と,基礎資料を含めた解説書を付している。これとは別に各府県ごとに150カ所ほどずつの地区を国庫補助事業によって調査して,府県別の民俗地図集の刊行も行った。これは昭和50年代で終了している。【民俗地図の作製】いろいろの既存の民俗資料から抽出してつくった民俗地図は,その地点にその民俗があることを示していても,分布の全体像を示してはいないので正しい民俗地図とは言えないし利用度も低いと言える。その点から言えば民俗地図をつくるには,作製しようとする地域について密度と深度とをほぼ均質にした全域の民俗調査を行い,その資料を地図化することが望ましい。ある民俗があることだけでなく,ないことも調査されなければならない。すなわち民俗地図を描くにはそのための調査が望ましいことになる。個人または数人のグループで民俗地図を作製するには全国的なものは困難なので,数町村または県を単位とした緻密な民俗地図をつくって研究に利用することが意義があろう。
【民俗地図による研究】柳田国男は『蝸牛考』の方言地図から方言周圏論を導き出した。すなわち,蝸牛の方言は近畿地方を中心に次々と新しいものがつくられて周辺に伝播したため,国の周辺部には古いもの,中心部には新しいものが周圏をなして分布するという考えである。「遠くの一致,近くの不一致」という民俗現象はここに由来するとされる。この周圏論は民俗学の方法論として最も重要なものとされてきたが,実は蝸牛名の地図以後,民俗周圏を典型的に示す民俗地図は作製されていない。このことは周圏論が間違っているということではなく,民俗は近畿などの中央でつくられ伝わるだけでなく,地方でつくられるものがあり,伝わりながら地域で変質するものがあると考えれば典型的な周圏を示す民俗が少ないのは当然と言えよう。むしろ県単位などの民俗地図のなかに古い文化の中心地などをめぐって小さい周圏の見られる現象が注目されよう。また何枚かの異なった民俗の地図を重ね合わせて,地域ごとの民俗的性格を見出すという研究法も考えられる。民俗地図に斑雪構造(はだれゆき)が見られることがある。平地に雪が点々と消え残った形に,変異のある同一民俗が分布するものだが,この場合はその民俗は古く広く分布していたのが長い間に消失・風化を受けたことを教えている。このようにして民俗地図は民俗研究の方法として重視されねばならない。
〔参考文献〕文化庁編『日本民俗地図』1−8,1969,国土地理協会
福田アジオ『日本民俗学方法序説』1984,弘文堂