50音順    検 索

●民俗芸能 みんぞくげいのう

AD 

 日本の伝統芸能のうち,舞台などで専門の芸能者が演じるという形態以外で,伝承される芸能。多くは民間の信仰行事に伴って伝承される。郷土色が濃いところから“郷土芸能”“民間芸能”の名でも呼ばれる。しかし芸能自体が,地方で創造されたものは少なく,中央で専業芸能者によって生まれ,流行した各時代の芸能が地方に伝播し信仰の場に定着したものがほとんどである。民俗芸能の研究は,わが国芸能史の研究であるともされるのはこのためである。

【特色】民俗芸能の特色の第1は,演者が専門の芸能者によらぬ点。第2は多く信仰に結びついて伝承されたため決められた日時にしか演じられね点。第3は一般の芸能伝承とは異なり,技能そのものに意味を置くのでなく参加の形態に意義を認める場合が多い点である。しかし現在の民俗芸能にこのような特色が生じたのは明治以降である場合が多く,それ以前は,神まつりの庭における芸能もそれぞれの宗教的色彩の濃い専業芸能者が担っていた。ただし早くから一般人が労働から身心を解放する手段として,自らが演じる芸能を育てていたことも確かで,大きく分けて本来専業の者が演じていた芸能が民俗芸能化した場合と,初めから民衆一般が自ら演じる芸能として定着した場合とがあったわけである。

【分類】現在各地に伝承される民俗芸能は,芸態・目的など多岐にわたるが,とりあえず大きく次の四つに分類するのが便利である。

 [1]神楽 年ごとに消耗・衰弱する人の生命を,神の降臨を得て再び強力なものにすることを目的とした行事。神を迎えての一夜,さまざまな芸能が演じられるが,神勧請の方式によって,[a]採物(とりもの)神楽(出雲流神楽),[b]湯立神楽(伊勢流神楽),[c]獅子神楽太神楽権現舞),[d]巫女神楽に分けるのが一般的である。清浄なる乙女を神座とする。[d]は別にして,これら諸形態の神楽には,神を迎えての饗応のなかに当時流行の芸能が幅広く演じられた。とくに現在の神楽の源流が中世後期であるため,そのころ流行の猿楽能の様式を用いた神楽能が下級宗教者である修験者によって演じられた。

 [2]田楽 人間の生命の根源をなす稲の耕作に関係する芸能を,総称して田楽の名で分類する。これには[a]田遊び,[b]御田植神事,[c]田楽躍りなどがある。[a]は新春に当たっての予祝行事で,一年の理想的な田の耕作過程を歳神に見せる。寺の正月行事である修正会と習合したため,猿楽芸・呪師(しゅし)芸・田楽躍りなどと一つになって残る所もある。[b]は実際の田植えを,神を迎えての神事としたもの。華やかな音楽や芸能で噺して秋の豊穣を祈る。[c]は平安時代中期以後に,職業芸能の座として結成された田楽法師によって神寺の祭礼などに演じられた芸能。地方の祭礼では,一般人が所役として演じしだいに民俗芸能化した。

 [3]風流 人に禍をなす悪霊を美しく飾りたてた神座に招き寄せて,鉦・太鼓の噺しで他所に追い出すことを本来の目的とする芸能。神座である鉾や山車(だし)を曳きまわしたり,噺子物や踊りを加えたりして華やかな芸能に育った。とくに室町期以降の郷村で発達。祭礼の山鉾や山車・盆の風流踊り・雨乞の踊り・正月の噺子物などその表現形態は多様で,音楽的要素が濃い。

 [4]外来系芸能 舞楽や伎楽など外国から移入された芸能とその派生芸能。舞楽や獅子舞いなど,中央で日本化され地方に定着した芸能も多い。

 以上のほかにも,中央で流行した能・狂言・歌舞伎・人形浄瑠璃などの舞台芸能が地方に定着したものや,下級宗教者でもあった祝福芸能者が演じた芸能を民俗芸能として引き継いだものなど,その種類は多様である。各地の民俗芸能を時代別に並べれば,日本芸能史の実態がわかると言われる所以である。“民俗芸能”という種類の芸能が存在するのではなく,各時代に流行した諸芸能が地方の信仰の場に伝承されているのである。この伝承の過程において,風土的・民俗的変容を見せるのが民俗芸能の際立った特色である。

〔参考文献〕本田安次『神楽』『田楽・風流一』『語り物・風流二』『延年』『離島・雑纂』1966〜1973,木耳社

三隅治雄『日本民俗芸能概論』1972,東京堂出版