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●民族医学 みんぞくいがく

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 民族医学は医療人類学の一つの下位単位の分野として,またエスノサイエンスのなかでの,とくに病気と治療にかかわる知識と技術の体系を扱う一分野と言える。民族医学の研究対象は,明らかに「近代医学」「西洋医学」とは異なる知識と技術の体系に基づいて,その民族や社会に一般的に存在し歴史的に長い伝統をもつものであり,その民族の独自の疾病観念や治療の体系を,人々自らの解釈や理解も含めて調査し記述する学問領域である。研究対象となっている人々の側に立っての記述や解釈であり,一般に“emic(イーミック,エミック)”な立場を取る。そのことが,“emic”と“etic(エティック)”の双方の立場から病気と治療の体系を研究する医療人類学とは異なる。また,そのことが医療人類学にまとまった研究上の資料を提供することになる。なお,エティックな立場から病気と治療の体系を研究することは,異なる文化の間の比較,あるいはより普遍性をもつ近代医学との関係を明らかにすることによって客観的に特定の病気と治療の体系を研究することを意味する。民族医学の研究は,民族学や人類学の学問分野の初期における段階から見られ,未開社会や伝統的社会がそれぞれに,他から見ると迷信であるとか非合理的・非科学的であるとされようとも,その社会の内部においては十分に説明可能で,その社会の人々の理論に従えば合理的であると言える病気と治療の体系をもっていることを明らかにしてきた。民族医学は,未開社会や伝統的社会にそれぞれ特有の体系を研究するとともに,とくに近年は伝統的なアラビア医学ヒンドゥー医学中国医学など,かつて非常に強い影響力をもって中心となる社会だけではなく周辺の広い地域にも浸透し,それぞれの地域に限定されて存在した病気と治療の体系,それを“民俗医学(Folk medicine)”と一般に言う,と相互に影響し合いながら現在もなお人々になんらかの形で影響を与えている医学をも研究対象としている。たとえば中国の古典的伝統的医学は,中国だけでなく台湾・日本・東南アジアの各地で今でも一般の人々に受け入れられており,理論的に矛盾することが多いにもかかわらず近代医学と併存している。このような,時間的にも空間的にもより高い普遍性を持つ伝統的医学は,それだけ複雑にかつ広範にその文化の他の面と関連し合って存在しており,民族医学を通してその社会の人々の世界観や認識体系を明らかにすることができる。民俗医学は民族医学に比べると相対的に狭い地域に限定され,知識が断片的で一つの体系をもつとまでは言えない。信仰や呪術との結びつきはより強く時間的にも限定されたものをさす。一般に“民間医療”などと呼ばれるものがこれに当たる。しかし,民俗医学と民族医学との相違はあくまで相対的なものである。民俗医学のなかには民族医学による影響が見られるし,民族医学における,時代と地域の差によって生じている多様性は,民俗医学の影響によると言える。民族医学の研究上の重要性は,研究者の分析や解釈あるいは近代医学の側からの伝統的な医療体系への批判などを全く抜きにして,それぞれの文化の内部における立場からその医療体系を観察し記述することによって,次の研究上の段階すなわち手続きとしての医療体系の間の比較や,社会的・文化的な他の体系と医療体系との関係を明らかにするための重要な資料を提供することにある。それは,文化人類学・社会人類学・民族学に対するところの民族誌学に当たる役割を占めると言える。