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●民主政治 みんしゅせいじ

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 民主主義に基づく政治。現実問題として民主主義が多様に解されるところから,民主政治として理解されるものも多様である。

【ギリシア】民主主義(Democracy)ということばはギリシア語の人民(demos)と支配や権力を意味する kratia の結びついたものである。この言語からも判明するように,民主主義とは,本来,優れた政治の形態を指していた。古代ギリシアの時代は,経済的にも文化的にもオリエント諸国が優越していたと考えられ,ギリシアはさまざまな点でエジプトやペルシアに学ばねばならなかった。しかし,ギリシア人がギリシア的なものとして最後まで譲らなかったのがデモクラティアであった。一般的に言えば,神もしくは神の代理人と考える王を絶対化してその支配に服する上から下への政治に対し,衆知を集めてそれを政治に反映し,実現する政治をギリシア的・ポリス的政治と考えた。この場合,衆知に値するのは,奴隷制を前提とした市民権をもつ成年男子に限られていたので,現在の民主政治とは基本的に異なる。またオリエント優越のなかにあっては,デモクラティアはしばしば衆愚政治として退けられ,僭主政治などが現れたが,政治を人民のために行うものとの考え方はギリシアのポリス政治の基本にあったと言える。

【中世】古代ローマは,オリエント風になって帝政に進んだが,思想としてはギリシアの伝統を継いでいた。帝政になっても,その前半においては,なお S. P. Q. R. (ローマ人の人民と元老院)のマークが法や勅令に必要であったことがこれを示している。しかし中世になると,ヨーロッパではキリスト教の影響もあって人民の声を政治に反映させる政治は後退したが,神の前における人間存在を平等なものとして考えることが,現実の社会は身分制であったにもかかわらず,伝えられ,この思想が近代に入って民主政治を発達させてくる上で重要性をもってきた。

【近代】近代の欧米が目ざしたものは国民主権であり民主政治であった。王権神授説をとる絶対主義を対象にした市民革命はこれらを目標にして行われた。革命後の市民社会の建設もこのために進められた。〈最大多数の最大幸福〉は民主政治実現の原理であり,代議制を前提とした議会主義が採用され,国民に対して責任を負う責任内閣制がとられてきた。言い換えれば,民主政治のための形態や方法が考えられ実施されてきた。国民主権も民主政治と結びついて近代国家の基礎をなすものとなった。リンカーンの〈人民による,人民のための,人民の政治〉という規定は,結果に対する責任を含めて近代の民主政治のあり方を示しているものと言える。しかし,近代民主政治は身分制に代わって階級的社会を内容としていた。性別や土地・借家・納税額などの財産によって左右される制限選挙が実施されてきたのはこれを物語っている。それゆえ国民とは有産者を指し,したがって人民でないものが人民のためをスローガンにしてきたものであるとも言える。

【現代の課題】近代の克服をめざす現代にあっては,特定のものだけでなく,社会構成員全体のための民主政治実現を課題にしている。現代における社会主義国家の出現はその一つの解答であると言ってもよい。また,代議制に対する直接民主制,ブルジョア民主主義に対する人民民主主義や大衆民主主義なども同様であると言える。人種などの差別をなくし貧乏を根絶しこれから生ずる隷属を追放することも進められている。しかし一面では,金権支配は以前より強まったとも見られるし,また社会主義国家の現実も,特定階級に代わって前衛党の支配になってきていることを否定できない。どちらかと言えば,人格の自由に重点をおく西欧型に対し社会的平等を優先する東欧型があり,それらがイデオロギーとして争われている問題の解決が今日的課題であると言える。

〔参考文献〕ラスキ,辻清明・渡辺保男訳『議会,内閣,公務員制』岩波書店