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●民主主義 みんしゅしゅぎ

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 社会や政治のあり方が特定の人物や機関だけで決定されず,また審議や決定の過程が公開され,多くの自由な意見が反映されることを保障した制度をもつ近代的原理を言う。この意味で民主主義とは手続きの問題であると極言されることすらある。

【ギリシアの民主主義】デモクラシーとはギリシア語で大衆を意味する Demo と,支配・政治を意味する Kratia を語源とする。それからも判明するように,民主主義はギリシアのポリスで発生した。それはオリエント的君主形態と対比されるものである。ペルシア戦争を開始するに当たって,ギリシアでは在留外国人であるペルシア人に大事を決する方法を聞いたところ,すべて大王が決し人民はそれに従うと答え,ペルシアで聞かれたギリシア人は皆で相談して決めると述べたと言われるが,これはギリシアとオリエントの相違を物語っている。しかしながらギリシアでは奴隷制が基礎になっており,人格を認められて議会に参加し得るものは市民権をもつ18歳以上の成年男子に限定されていた。その数はポリスの全人口の20%に満たない。このように考えたとき,ギリシアの民主主義は強い制限をもち,最初から限界をもつものであったと言える。

【市民革命】民主主義が近代社会に普及するのは17世紀のイギリスでの,18世紀のフランスでの市民革命などを経過して,広くヨーロッパの原理になっていったと言える。市民革命は集権化された絶対主義を対象にし,市民(ブルジョアジー)が主なる担い手となって行われた。このため,民主主義はブルジョア民主主義として出現した。それは自由主義と結合しているが,市民革命に際しての自由や平等の主張は王権や特権階級に対するブルジョアジーのそれであり,下層民や農民を含むものではない。フランス革命において市民部会であった第三部会が,三部会から分かれて国民議会を称したのは,市民をもって国民とする発想があったことを物語っている。またイギリスの『権利の請願』やフランスの『人権宣言』に含まれる内容や,革命後に実施される選挙の資格を定めるのに納税額などを基準にしていることからわかるように,有産者としてのブルジョアジーの立場が示され,無産者は民主主義の枠外にいることが判明する。選挙制・議会主義・責任内閣制など民主主義を具体化したものはこの範囲内で進められた。

【大衆社会】産業革命の初期には,有産者と無産者の間の格差が拡大していったが,帝国主義時代となる19世紀末以後になると,先進工業諸国では,工業の発達による収入増加によって明日のパンを心配せねばならない飢えたプロレタリアートは消滅し,労働者は事実上中産階級となり,社会意識も向上し大衆社会が実現し始めた。大衆社会はより徹底した民主化を要求することになりそれを可能にもした。そこではいわば大衆デモクラシーが成立し,民主化は身体障害者や少数民族または特殊な社会集団といった弱者の平等化という,差別との戦いにさえ向いていくようになってきた。

【社会主義体制】社会主義が,またそれが究極の目的とする共産主義が階級を消滅させるものである以上,社会主義体制の実現は階級的制約を超えた本来あるべき姿の民主主義を可能にするものである。社会主義への過渡的形態とも言える社会民主主義や人民民主主義も,ブルジョア民主主義よりも前進しているとすることができる。しかし一面では,プロレタリア独裁・前衛政党といった民主主義とは矛盾する存在を理論としても持ち,現実の社会主義国家にあっても,党の優先や資本主義国家以上に官僚化が進んでいる姿がある以上,民主主義の最終的あり方を社会主義化にだけ求めることも危険である。今日,民主化ということばが政党的・価値観的に使用されていることも反省されなければならないであろう。