●三輪山 みわやま
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奈良県桜井市の東部にそびえる神体山。『古事記』には,活玉依毘売のもとに美和山の神が夜な夜な通い懐妊させたが,活玉依毘売は,夫の名を知ろうとして麻糸を衣の裾(すそ)につけると,鉤穴を抜け通り手もとに三勾遺った。その糸をたどると美和の神の社に至ったので,神(大物主神)が夫であることを知った。それよりこの神を三勾(三輪)の神と称したという。この地名由来伝承に対し,神座(岩倉)が辺津(へつ)・中津・奥津の三つ置かれて祭られていることによるとも言う。古来,三諸(みむろ)の山とも表記され,『日本書紀』の一書に「日本国の三諸山」と言ったとある。大物主神は,「蛇神」として尊崇を受けていたらしく,倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)はこの神の妻となり,三輪山の山麓の箸墓に葬られたと伝えている。『出雲神賀詞』には大国主命の和魂とされ,〈倭の大物主くしみかたまの命と名を称(たた)えて,大御の神奈備に坐せ〉と宣べている。『万葉集』に「味酒三輪の山」と歌われるのは,ミワ※注1※に神酒を盛ることから由来し,それより三輪の神に酒神の信仰が付与されるようになった。山の西北の麓には玄賓僧都の庵があり,『古今集』には,〈我が庵は 三輪の山もと 恋しくば とぶらひ来ませ杉立てる門〉の歌がある。これらをもとにして,謡曲「三輪」がつくられた。
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