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●ミル

ヨーロッパ 英国 AD1806 ハノーヴァー・ウィンザー朝

 1806〜1873 イギリスの哲学者・社会思想家。功利主義者としても名のある父ジェームスから有名な早期教育を受け,10代で早くも功利主義の論客となる。1823〜1858年まで東インド会社勤務。1826年からベンサム主義への懐疑が起こり,精神不安定の一年間を送る。以後修正を加える方向が明白化し,1866〜1868年下院議員となるがそれ以外は研究者生活。彼の時代は資本主義の成熟期で,社会問題にも注目したり善悪にも冷静な判断が生まれるに至った。彼はベンサムの自由放任的自然人的最大多数理論を修正し,個人の差に着目,また教育や社会改良による人間性の変革を承認する。かくて功利に社会性を導入しベンサムを超克した。スミス以来の賃金基金説を捨てて労働組合を認め分配理論に修正を加え,民衆の参政権を主張するなど,“哲学的急進派”の中心として活躍している。平等で公平な万人の万人によるデモクラシーを主張し,今日のデモクラシーは誤っているとする彼も現体制を否定するものではない。民衆参加の結果,低い知性の多数横暴と階級的立法出現の恐れを指摘し,代わって知性の傾聴されるようなデモクラシーの樹立を主張した。つまり自然法的社会観に正義と道徳の観点を導入し,現体制を前提としつつ社会改革の可能性と必要性を理論づけた。資本主義成熟期の良心的知識人の典型と言えよう。

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