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●三善清行 みよしきよゆき

アジア 日本 AD847 平安時代

 847〜918(承和14〜延喜18)平安前期の典型的な文人官吏。父は淡路守で終わった三善氏吉,母は佐伯氏。下級受領クラスの家に生まれた清行は,大学に入って文章道を修め(受業師巨勢文雄),883年(元慶7)37歳で方略試に合格した。893年(寛平5)から備中介に赴任した4年間の地方生活は,彼の政治的見識を深めさせ,後年積極的に展開する諸論策も大半この受領体験に基づいている。901年(昌泰4)が辛酉革命の期運に当たることを警告して,右大臣菅原道真の追放に一役買う結果となり,また年号が“延喜”と改元される原動力になった。その前後に文章博士・大学頭・式部輔の三儒職を兼任し,『円珍和尚伝』『藤原保則伝』などを著すとともに,『延喜格・式』の編さん事業に参画している。914年(延喜14)当時の政治社会問題を縦横に論じた『意見(封事)十二箇条』を上奏した3年後,参議に昇り宮内卿を兼ねたが翌年卒去した(72歳)。漢詩文に優れ(家集あり,今佚),また奇談を集めた『善家秘記』なども残している。八男浄蔵は天台宗の祈祷僧として著名。後に算道を世襲する三善氏は,清行と別系統。

〔参考文献〕『古代政治社会思想』日本思想大系8,岩波書店

所功『三善清行』人物叢書157,1970,吉川弘文館