●明神 みょうじん
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延喜式に定められた社格である「明神」の転化した語。神の尊称でもある。また神仏習合説によって,神を仏教の側から呼ぶ称で,智慧が万物を照して透徹することを光明にたとえて明と言い,威徳のはかり知れないことを神と呼んで,諸元鬼神の徳を表すところからきた。『三代実録』に「名社神明」とあるのも同じである。これが後世,霊験あらたかな神という意義のもととなった。しかし,八幡や御霊信仰の神祇には用いられず,国津神系で仏教との習合にたやすく妥協しないものに付けられた。その点権現と対照的で,室町時代末期におこった吉田神道は「大明神」を権現の上位に置こうとした。豊臣秀吉は吉田神道を重んじ,死後は豊国大明神として祀られたが,徳川家康は晩年天台宗を尊信していたので,死後東照大権現の神号に決定した。明治初年,復古神道の重視から神仏合離を強行,権現号は廃止されすべて神社の名称となった。