●明円 みょうえん
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?〜1199(?〜正治1)藤原時代末期より鎌倉時代初期に活躍した三条仏所の棟梁となった仏師。三条仏所の棟梁忠円の男。1173年(承安3)2月法眼となりしばしば宮中に出入して仏像をつくる。1194年(建久5)7月興福寺金堂中尊をつくる。藤原時代からの保守的作風を守り続け,遺品には大覚寺の五大明王像(1176)などがある。その後を継いだのが朝円たちである。京都三条を中心に活躍し,円の名がつくので一名円派と言っている。慶派が台頭するまでは仏師界の中心勢力を形成している。定朝のあとを受け継ぐ名門であるという意識が強い。
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