50音順    検 索

●ミュンツァー

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1488 ハプスブルク朝

 1488/1489〜1525 ドイツ農民戦争の指導者で再洗礼派の宗教改革者。中部ドイツ・ハルツ地方のシュトルベルクに生まれる。1519年ルターと会い,その推薦により翌年ツヴィッカウの司祭に任命される。この地のフス派の急進的信仰に影響を受け,教会の腐敗・堕落を攻撃して追放される。1522年アルシュテットで幼児洗礼の廃止やドイツ語による礼拝などの改革を行うとともに,下層市民・農民・鉱夫らを集めて秘密結社をつくる。社会改革的傾向を強め,ルターの封建領主権力との妥協的な態度を激しく非難して神秘主義的急進思想を主張し,町を追放される。1524年ミュールハウゼンに逃れ,あらゆる偶像の破壊・財産の共有・地上における神の国の即時建設を呼びかけ共産主義的部落を建設する。ミュールハウゼンを本拠地にして,プファイアーとともに農民軍を率いて農民戦争に参加するが,1525年フランケンハウゼンの戦いに敗れて斬首刑に処せられた。