●三宅米吉 みやけよねきち
アジア 日本 AD1860 江戸時代
1860〜1929(万延1〜昭和4)明治・大正期の歴史学者で東京文理科大学の初代学長。和歌山藩士の家に生まれ,藩校に学びさらに維新後慶応義塾に学ぶ。17歳にして新潟英語学校教師となり,さらに千葉師範学校・東京師範学校教諭などを歴任。1887年(明治20)イギリスに留学し翌年帰国。高等師範学校の嘱託を数年勤めた後1895年同校教授となり歴史学を講じた。1902年文学博士。その間に東京帝国大学文科大学講師・東京帝室博物館歴史部長・師範学校学科種度取調委員・考古学会々長などを兼務した。1920年(大正9)東京高等師範学校長となり,1927年(昭和2)文理科大学創立委員を経て1929年学長となったが7カ月にして狭心症のため死亡。その学風はコントの実証主義による近代史学導入に特色づけられ,歴史学のほか民族学・考古学・社会学・地理学にわたる論文も多く,歴史教育・国語教育にも開拓的役割を果たした。『三宅米吉著述集』上・下がある。