●三宅雪嶺 みやけせつれい
アジア 日本 AD1860 江戸時代
1860〜1945(万延1〜昭和20)明治・大正・昭和に活躍した思想家・ジャーナリスト。本名雄二郎。加賀国金沢城下新竪町に医家の第4子として生まれた。中学東校正則部(英語)に入学,1875年(明治8)愛知英語学校をへて,開成学校・東京大学哲学科卒業。カーライルとスペンサーから大きな影響を受けた。東大編修所・文部省編輯局に勤務したが,1887年(明治20)に辞めてからは,若干の私立学校で教鞭を執るほか,生涯在野のジャーナリストとして活動した。翌年,志賀重タカ※注1※らと政教社をおこし,雑誌「日本人」を創刊,“国粋保存”の立場から当時の条約改正反対運動・大同団結運動ともかかわった。1906年(明治39)からは,『原生界と副生界(宇宙)』『東西美術の関係』『学術上の東洋西洋』『東洋教政対西洋教政』『人類生活の状態』の5部作で独自の総合哲学の体系化をめざし,次いで死の直前まで『同時代史』を執筆した。
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