●身延山 みのぶさん
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山梨県南巨摩郡身延町に所在。同町の西端に位置し,西部に隣接する早川町との境界を画している。赤石山系白根山脈の南東方にある身延山脈の主峰で,標高1,148m。北に粟倉山・南に鷹取山があり,東に富士川,南の鷹取山との間に身延川・波木井川が流れる。また,身延山の西方に位置する七面山は,平安時代には天台宗系修験道(本山派)・真言宗系修験道(当山派)の霊場であったと推測されており,身延山もそうした修行者の活動地域に含まれていたであろうと考えられている。なお,「みのぶ」という名称について,往古は「蓑夫」と表記したというが,この由来については修験道の行者たちが当地に進出してきた際に,摂津の箕面山(みのもさん)の名をとって命名したという推測,山形が蓑を着た杣人の姿に似ていることから命名されたという推測がなされている。現在の「身延」という表記が一般的になるのは,1274年(文永11),日蓮が入山してより後のことであると言う。鎌倉時代,身延山を含むこの地区一帯は,巨摩郡波木井郷の一部で,波木井南部氏の所領であった。波木井実長は日蓮の信者の一人で,佐渡流罪から赦免されてまもない日蓮を招請し身延山の中腹に住まわせた。日蓮はここに草庵を構えて隠穏し,門弟の教育・述作活動に当たり9年間居住した。この草庵が現在の日蓮宗総本山久遠寺の始源である。日蓮入山以後,ときが移るに従って,身延山という名称はしだいに久遠寺と同義に使われるようになっていった。〔参考文献〕立正大学日蓮教学研究所編『日蓮教団全史』上,1964,平楽寺書店
身延町誌編集委員会編『身延町誌』1970,身延町役場
身延山久遠寺編『身延山史』1973,身延山久遠寺