50音順    検 索

●ミニアチュール

AD 

 手写本類の装飾挿絵をさすが,近世以降に行われた小形の細密画を意味する場合がある。ミニアチュールの語は朱あるいは鉛丹を意味するラテン語「ミニウム」に由来し,手写本類の頭文字・縁飾などの赤朱色の彩色よりおこるとされ必ずしも細密画を意味しない。その歴史は古代エジプトのパピルス書巻『死者の書』にまでさかのぼり,古代ギリシア・ローマへ継承されアレクサンドリアを中心として,4〜6世紀のヘレニスティック様式の挿絵をもつ羊皮紙書巻へと発展する(アンブロジアナ本『ホメロス』,ヴァティカン本『ヴェルギリウス』など)。この様式は初期キリスト教時代の書巻にも採用され(『イタラ』本断片,『ウィーン創世紀』など),10世紀のビザンツ=ミニアチュールにまで影響を及ぼす。これら『旧約聖書』挿絵は,巻物形式による横への連続的場面展開を特色とするが,4,5世紀より始まる冊子形式に至っても連続する場面展開は踏襲される。キリスト教関係の写本挿絵は,まずオリエントで発達し冊子形式に適した単独絵画形式をとる福音書などが現れ,その画風も精神的表現を重視する東方美術の影響下にしだいに古代様式を脱する。製作の中心もシリア・メソポタミアを経てコンスタンチノープルへ移り,優れたビザンツ=ミニアチュールを生む。西ヨーロッパでは,メロヴィング期に模様装飾を重視した手写本が製作され,ことに7,8世紀のアイルランドや北イギリスではケルト的ミニアチュール(『ケルスの書』『リンディスファーン福音書』など)が発達し大陸に影響を及ぼす。次いでカロリング朝では,よりビザンツ風を容れた人物像を中心とする福音書・詩編・典礼書などがライン流域からフランス中部の各地で盛行する。オットー朝神聖ローマ帝国でもこの様式を踏襲するが,英仏同様に古代主義・抽象化の傾向を強め中世的表現を完成する。一方,スペインではオリエント風の図柄を採用した黙示録本に端を発する強烈な色彩・幻想的な表現が生まれる。この傾向は南フランスに及びロマネスク=ミニアチュールへと展開し,ロマネクスク後期には,古典的人物像の導入など中期ビザンツの影響が表れ,次のゴシック=ミニアチュールを準備する。明るい人間感情を示すゴシック=ミニアチュール詩編本を中心としてルイ9世時代に完成されるが,13世紀末,保守的な修道院本に対抗する俗人写本装飾家(オノレ画師など)がパリに現れ,優美で洗練された装飾・写実性の強い挿絵を描き始め,15世紀初頭に全盛を迎えゴシック最後の代表作『ベリー公の豪華時祷書』(リンブルク兄弟)などを残す。印刷本の出現,木版・銅版画の興隆はしだいに手写本を駆逐し衰微させてゆくが,『トリノ時祷書』挿絵などに見られる自然描写が15世紀ネーデルラント絵画を準備したことも確かである。『コーラン』を“天上の書籍”の写しと信じ書写を尊んだイスラーム世界では必然的に書籍美術が発達した。人物・生物を絵画に表現することを禁じたイスラーム教では,正式の宗教画像は形成されず抽象装飾が発展するが,この禁止はつねに厳格に守られてはおらず非宗教美術には描かれている。ことにペルシアでは自由にこれらの画像が描かれ華麗なミニアチュールへ発展する。初期イスラーム絵画の成立は,ビザンツないしヘレニスティック様式およびササン伝統の影響下にあったと見られ,さらにマニ教の画家たちによる東トルキスタンの伝統が融合され独特のイスラーム美術を形成する。その中心地はフスタート・セルジューク時代のバクダードと推定される(現存する例は12世紀後半〜13世紀前半のバグダード派の作品から)。蒙古侵入はタブリーズ派(13世紀後半〜14世紀)形成の契機となり,宋元画の強い影響を受けた写実的作品を生みイスラーム様式を一変させる。宋元画の影響下に従来のササン・トルキスタン伝統を融合する作風(シラーズ派)も現れ,15世紀のティムール朝様式を準備し17世紀に至るペルシア=ミニアチュールの盛期を迎える。インドではムガール宮廷を中心として,イランの影響の下にイスラーム=ミニアチュールを創造するが,インド人画家たちは人物諸物の陰影,背景の透視画法による実景的な表現など写実性を重視し,しだいにペルシアの図案的構成を脱していった。盛期はジャハーンギール帝時代に訪れ,ペルシアでは珍しかった花鳥画・動物画が流行し,肖像画はそれ以上に盛んに行われた。また,アウラングゼーブ帝期には,ヨーロッパ絵画の影響により透視法・陰影法は正確さを増すようになったが,一方表面的な写実を追う結果となり,類型的で妙味のない作品が多くしだいに衰退してゆく。

 近代のミニアチュールは,油彩による肖像画・人物画であり,16世紀にその作例がすでにあるが,盛行は18世紀ロココ趣味による小工芸品,小箱のフタに人物像を描いたもので象牙地に描かれたものである。

01