●源頼義 みなもとのよりよし
アジア 日本 AD988 平安時代
988〜1075(永延2〜承保2)平安中期の武将。源頼信の長男。父頼信に従って平忠常の乱を鎮圧し,早くから坂東の武士に名声を得た。上京後,敦明(あつあきら)親王に侯し射芸の巧妙さを称えられた。後に相模守・常陸守を歴任する間に東国の掌握を進め,多くの東国武士を家人として棟梁としての地位を固めた。1051年(永承6)陸奥国の安倍頼時の反乱には,国守藤原登任(なりとう)に代わって頼義が陸奥守に任じると頼時は帰順し,頼義は鎮守府将軍を兼務したが,1056年(天喜4)頼義の郎党と頼時の長子貞任(さだとう)との対立から戦乱となった。(前九年の役)。頼時の戦死後も安倍氏は嫡子貞任を中心に執拗な抵抗を続けて頼義を苦しめたので,頼義は出羽の俘囚の長,清原光頼・武則兄弟に援助を求め,激戦の末に貞任を討ち安倍氏を滅亡させた。この功により正四位下伊予守となり,没後世に伊予入道と称された。前九年の役の勝利により東国での源氏の棟梁としての地位は確固たるものとなった。