50音順    検 索

●源頼政 みなもとのよりまさ

アジア 日本 AD1104 平安時代

 1104〜1180(長治元〜治承4)生年については異説がある。平安時代後期の武将・歌人。兵庫頭源仲正の長男。母は藤原友実の女。従三位・非参議。白河上皇の判官代・蔵人。保元の乱では源義朝の下で戦い,平治の乱では平清盛側につき,平氏政権成立後も源氏の出自でありながら1166年(仁安1)に正五位下に叙せられ昇殿を許された。このころ鵺(ぬえ)に似た怪物退治をして武名を上げたことが『平家物語』に見える。平清盛の推薦により1178年(治承2)従三位に叙せられ公卿に列することになったが,翌年出家し法名を真蓮と号した。源氏でありながら平氏政権下で異例の公卿に列したことから,源三位頼政と称された。しかし後白河上皇の第2皇子以仁王(もちひとおう)に接近してひそかに平氏追討の令旨(りょうじ)を発給させ,それを全国の源氏に伝えて挙兵を促そうと計画したが,露顕したため奈良に逃れる途中1180年(治承4)5月26日宇治で以仁王とともに討たれた。歌人としても有名で『新古今和歌集』にも収められている。