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●源頼家 みなもとのよりいえ

アジア 日本 AD1182 鎌倉時代

 1182〜1204(寿永1・治承6〜元久1)鎌倉幕府第2代将軍。頼朝の長子。母は北条政子。1199年(正治1)父頼朝の死により家督を継ぎ,1204年(建仁2)従二位征夷大将軍となった。幼時より武芸の達人と評判され源家の嫡男として期待されたが,将軍就任後は従来の慣習を無視した独裁的な裁断が多く,不安を感じた側近の老臣は,母政子と謀って有力御家人による合議制をしき頼家の独断を抑えた。頼家は義父比企能員(ひきよしかず)を重用してこれに対抗したが,1203年(建仁3)7月頼家が急病になると,死後の相続は子の一幡と弟の千幡(実朝)に分譲することが議せられ,これを怒った頼家は比企氏とはかって北条氏の討伐を命じた。しかしかえって北条氏のために比企氏を滅ぼされ,頼家は将軍職を追われたうえ伊豆の修善寺に幽閉され,翌年北条氏によって暗殺された。